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【第三次案】第3部 倒産実体法: 第4 否認権

1 否認権の要件
(1)詐害行為(狭義)に関する否認の要件
<1> 次に掲げる行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができるものとする。
(i) 破産者が破産債権者を害することを知ってした行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。
(ii)破産者が支払の停止又は破産手続開始の申立て(以下「支払の停止等」という。)があった後にした破産債権者を害する行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、支払の停止等があったこと及び破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。
<2>(i)破産者がした債務の消滅に関する行為であって、破産者が債権者の受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であることを知ってしたものについては、<1>(i)と同様の取扱いをするものとする。
(ii)破産者が支払の停止等があった後にした債務の消滅に関する行為であって、債権者の受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であるものについては、<1>(ii)と同様の取扱いをするものとする。

(注)
無償行為の否認については、現行法(破産法第72条第5号)と同様の規定を設けるものとする。

(2)偏頗行為に関する否認の要件
<1> 破産者が既存の債務についてした担保の供与又は債務の消滅に関する行為は、その行為が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にされたものであり、かつ、債権者が、その行為の当時、次の(i)及び(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)及び(ii)に定める事実を知っていたときは、これを否認することができるものとする。
(i)当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと
(ii)当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあった事実
<2> <1>の適用については、<1>の行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものであるときは、債権者の主観的要件に関する証明責任を転換するものとする。
<3> <1>の行為が破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しないものであって、当該行為の後30日以内に支払不能になったときは、これを否認することができるものとする。ただし、債権者が、その行為の当時、他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。
<4> <1>(i)及び<3>の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前1年以内のものに限るものとする。)があった後は、支払不能であったものと推定するものとする。

(注)
1 第29回会議では、偏頗行為の否認に関して、支払不能を直接立証した場合には、支払の停止による支払不能の推定の場合(<4>カツコ書)と異なり、時期的な制限がないことになる点について疑問が呈されたが、この問題に関しては、このような時期的制限を設けた場合には、それ以前にされた偏頗行為について一切否認の余地がなくなる点が問題となる。
この点について、現行法の下で判例が本旨弁済等の偏頗行為につき故意否認(破産法第72条第1号等)を認めることとしているのは、(a)支払の停止等の前ではあるが、既に支払不能になっている時点でされた偏頗行為や、(b)破産法第84条等の規定により危機否認が認められない場合について、否認を認めなければ債権者間の平等を図ることができない場合が存在するとの認識に基づくものであると考えられるが、今回の見直しにおいて偏頗行為の故意否認を否定することとしたのは、支払不能を直接立証した場合につき時期的な制限を設けないこととすれば、偏頗行為の故意否認を認めなくても、上記(a)及び(b)のいずれについても偏頗行為の否認で対応するとが可能であることをも考慮したものである(破産法分科会資料9第4(後注)2(注) iii及びiv参照)、そうすると、支払不能を直接立証した場合についても時期的制限を設ける場合には、このような前提との整合性が問題となり、偏頗行為の故意否認を認めないとしている点の当否について再度慎重な検討が必要になるものと考えられる。また、判例と偏頗行為の故意否認が認められた事案は、(b)の場合に関するものが多いといわれていること等を考慮すると、支払不能を要件とする偏頗行為につき否認の余地を一切認めないとすると、事案によっては債権者間の平等を不当に害することになるのではないかと考えられる。
以上の点を考慮して、支払不能を直接立証した場合については、時期的な制限を設けないものとすることで、どうか。

2 <2>では、偏頗行為の内容が破産者の義務に属せず、又はその時期がが破産者の義務に属しないもの(以下「時期に関する非義務行為」という。)である場合には、危機時期を支払不能からさらに30日間遡及させているが、当部会における審議においても、この点の取扱いについては疑問が呈されたところである。
しかしながら、支払不能は、弁済期が到来した債務の支払可能性を問題とする概念であるから、現時点では弁済期末到来のため支払不能とはなっていないが、近々到来する弁済期において支払不能になることが確実であるという場合が想定され、かつ、取引に債務がその点について悪意であるという場合も考えられる。上記のように近い将来支払不能となることが確実であると認められる時点で弁済等がされた場合については、これが義務行為であれば当該破産債権者の満足は、破産債権者団におけるリスクの順序に従ったものであるから許容されるとしても、特定の債権者が支払不能になることが確実であることを知りながら、期限前弁済を受けたという場合にまで否認可能性を一切認めないというのは相当でないのではないかと考えられる。
以上の点を考慮して、時期に関する非義務行為の取扱いについては、従前の考え方を維持することとしているが、この点についてどのように考えるか。

(3)適正価格による不動産等の売却等に関する否認の要件
破産者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、その行為の相手方から相当の対価を取得しているときはその行為は、次の(i)から(iii)までの要件に該当するものである場合に限り、破産債権者を害する行為として、否認することができるものとする。
(i)当該行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の性質の変更により、破産者において隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下「隠匿等の処分」という。)をする[おそれを現に生じさせる][ことを容易にする]ものであること。
(ii) 破産者が、当該行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。
(iii)相手方が、当該行為の当時、破産者が(ii)の意思を有していたことを知っていたこと。

(4)受益者が内部者である場合における証明責任の転換
(2)<1>(破産管財人が受益者の主観的要件に関する証明責任を負担する場合)及び(3)の適用については、受益者が次の(i)から(iii)までに掲げる者である場合には、受益者の主観的要件に関する証明責任を転換するものとする。
(i)破産者の理事、取締役、執行役、監事、監査役、清算人又はこれらに準ずる者
(ii)破産者との間に次に掲げる関係がある者
(ア)破産した株式会社の親法人
(イ)(a)商法第211条ノ2に規定する親会社及び子会社又は(b)同条に規定する子会社が破産した株式会社の総株主の議決権の過半数を有する場合における当該親会社
(ウ)株式会社以外の法人が破産した場合における(ア)又は(イ)に準ずる者
(iii)破産者の親族又は同居者

2 破産法第84条の見直し
破産手続開始の申立てがあった日より1年以上前にした行為(無償行為を除く。)は 支払の停止を要件として否認することができないものとする。

(注)
破産法第84条において支払の停止を知っていたことに基づく否認を時期的に制限した理由については、一般的に(a)支払の停止を否認の要件とする場合には、支払の停止の事実と破産手続開始との間に因果関係があることが必要であるが、支払の停止後1年も無事に経過した時は、当該支払の停止と破産手続開始との間の因果関係が希薄化することと(b)行為の効力を長く不安定な状況に置くのは相当でないこと等がともに挙げられている。
このうち(a)の破産手続の開始との間の因果関係については、今回の見直しにおいて支払不能を否認の要件とすることに伴い、支払不能についても、同様の規律を設けるべきかが問題となるが、支払不能を直接立証した場合につき期間制限を設けることについては、(ア)前記1(2)注1に記載し、たとおりの問題が存在すること、(イ)破産法第84条は因果関係の存在についての反証を許さないものであること等を考慮すると、支払不能を要件とする場合についてこのような規律を設けることは相当でないと考えられる。
他方、支払の停止を要件とする否認については、今回の見直しにおいてもその要件を通常の場合よりも緩和している(例えば、支払の停止後にされた破産者の行為については、破産者が自ら危機時期にあることを認めた後の行為であることにかんがみ、破産者の詐害意思の立証を不要としている。)が、支払の停止は、破産者が支払不能であることを外部的に表明したに過ぎず、支払不能の徴表事実として不確実な面があることは否定できない。しかし、このように不確実な面があるといえるにもかかわらず、他方で、否認の相手方が破産者の過去の財産状況についての立証をするのは困難である場合が多いと考えられることからすると、支払の停止の当時、支払不能でなかったことを立証するのは通常は困難であると考えられる。
以上のような点を考慮すると、緩和された要件の下で否認権を長期間認めることは相当でないと考えられ、今回の見直しにおいても、支払の停止(又はその悪意)を要件とする否認については、一定の時期的制限を設けることが相当であると考えられる。
そして、時期的制限の趣旨を上記の点に求めるのであれば、これを現行の第84条のように「支払の停止を知っていたこと」を理由とする場合に限定すべき必然性はなく、支払の停止を要件とする否認一般についてこれを認めるのが相当であると考えられる。
もっとも、無償否認については、その相手方の取引の安全等を考慮する必要性に乏しく、かつ、これについても上記の規律の適用を認めると、支払の停止前6月の行為にまで否認の範囲を拡張した意義を没却することになるから、時期的な制限は設けないものとするのが相当であると考えられる。
以上の点について、どのように考えるか。

3 詐害行為の否認の効果
詐害行為(1(1)及び(3)の対象となる行為をいう。)の否認の効果については次のとおりとするものとする。
<1> 詐害行為が否認されたときは、相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(ii)に定める権利を行使することができるものとする。
(i) 破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存する場合 当該反対給付の返還を請求する権利
(ii)破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存しない場合 財団債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利
<2> <1>(ii)にかかわらず、詐害行為が否認された場合において、破産者が、当該行為の当時、対価として取得した財産について隠匿等の処分をする意思を有し、かつ、相手方が、当該行為の当時、破産者がその意思を有していたことを知っていたときは 相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(ii)に定める権利を行使することができるものとする。
(i)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存する場合 財団債権者としてその現存利益の返還を請求する権利
(ii)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存しない場合 破産債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利
<3>1(1)<2>に規定する行為が1(1)により否認されたときは、債権者は[財団債権者として当該行為によって消滅した債務の額に相当する額を請求することができるものとする。][債権者が受けた給付の価額から当該行為によって消滅した債務の額を控除した額を償還しなければならないものとする。]
<4> 詐害行為が否認されたことによって相手方が破産財団に属する財産を返還する義務を負担する場合には相手方は当該財産の価額から[<1>から<3>まで][<1>又は<2>]によって財団債権となる額(<1>(i)の場合にあっては破産者の受けた反対給付の価額)を控除した額を破産管財人に弁償して当該財産の返還を免れることができるものとする。
<5> <4>に規定する場合において、相手方が<4>の規定により破産財団に属する財産の返還を免れるためには、否認訴訟又は否認の請求の手続にておいて、<4>の規定による弁償をする旨の主張をしなければならないものとする。
<6> 相手方が<5>の主張をした場合には、否認訴訟又は否認の請求の手続が係属する裁判所は、その判決又は決定において、<4>の弁償をすべき期間を定めなければならないものとする。

(注)
1 対価的均衡を欠く代物弁済等が詐害行為として否認された場合の効果
(1) 第29回会議においては、対価的均衡を欠く代物弁済等が詐害行為として否認された場合の効果として、当該行為によって消滅した債務の額に相当する額を財団債権として行使することを認める考え方(<3>[]前半の考え方。以下A案という。)の相当性について疑問が呈され、この場合の効果としては 債権者の意思に関わらず、債権者が受けた給付の価額から当該行為によって消滅した債務の額を控除した額の返還(一種の一部否認)のみを認めることで足りる(<3>[]後半の考え方。以下B案という。)のではないかとの指摘がされたところである。
この点について、部会資料38では、(a)通常の財産減少行為と対価的均衡を欠く代物弁済等とで、この点の取扱いを変える合理的理由があるか疑問があること(b)逸出財産の回復という否認権等の目的との関係で、受益者が現物返還を望んでいる場合にまで金銭での賠償を強制する合理的根拠があるか疑問があること等を考慮して、行為としては、その全体を否認することとした上、相手方が取得する権利を財団債権として保護することによって、いわば一部否認を認めたのと同様の結果を導くことを意図したものである。

(2)しかし、上記のような考え方に対しては、適正な価額でされた代物弁済との均衡と、相手方が有していた債権は有効に消滅したのと同様の取扱いをするというのであれば この考え方を徹底して、 B案のように、否認の対象となる行為自体を消滅した債務額に相当する部分を超える部分に限定する方が一貫するとの指摘があり得る。
また、偏頗行為の否認の対象とならない時期に代物弁済の予約等の形式で仮登記担保をした場合には、債権者は清算義務を負うのであるから、この場合に 、B案のように、債権者に当然の差額賠償を認め、いわば清算義務を課す取扱いをしたとしても、当該債権者の利益を不当に害するものではないとの評価が可能ではないかとも考えられる。
なお、上記のような点を考慮して、B案の一部否認の考え方をとった場合には対価的均衡を欠く代物弁済については、詐害行為が否認された場合に相手方が取得する権利内容を定めた破産法第78条の問題ではなく、例えば「破産者がした債務の消滅に関する行為であって、債権者が受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であるものについては、消滅した債務の額に相当する部分を超える部分に限り、否認することができる。」というように、否認の範囲について独立の規定を設ける必要があると考えられる。

(3)以上の点について、どのように考えるか。
2対価的均衡を欠く代物弁済等についての詐害行為否認と偏頗行為否認の関係について(1)対価的均衡を欠く代物弁済等は、詐害行為としての側面と偏頗行為(非義務行為)としての側面を併せ持つ行為であるが、偏頗行為否認によった方が破産財団に有利であるから、支払不能後にされた対価的均衡を欠く代物弁済については、通常は、破産管財人が偏頗行為として否認することを選択することになると考えられる。
これに関しては、対価的均衡を欠く代物弁済等の詐害行為否認に時期的限定を付し、これを支払不能前の行為に限定すべきであるとの考え方もあり得るが、この考え方によると、「支払不能前にされた行為であること」が否認の要件となり、この点の立証を要することになると考えられる。しかし、破産管財人にこのような立証の負担を課すことは相当でないと考えられる。

(2)このように、対価的均衡を欠く代物弁済等の詐害行為否認について時期的な限定を付さない場合には、詐害行為否認と偏頗行為否認との関係が問題となる。
この点について、例えば 破産者が危機時期に弁済期にある100万円の債務につき200万円の動産を代物弁済に供したという事例を前提として、上記注1で示した代物弁済の全部取消しを認める考え方(A案)と一部否認を認める考え方(B案)のそれぞれについて検討すると次のとおりとなると考えられる。
すなわち、まず、 A案によれば、詐害行為否認と偏頗行為否認のいずれによっても、代物弁済に供した動産は、破産財団に復帰することにてなる(破産法第77条第1項)から。給付訴訟を提起する場合の訴訟物は 否認権に基づく動産の返還請求権であって、訴訟物は同一であると考えられる。もっとも、破産管財人が、当該行為が支払不能後にされたものであること及びこれについての悪意を立証することができない、場合には詐害行為否認しか認められず、その効果も上記3が適用されることとなると考えられる。そして、破産法第78条第1項後段に該当する場合には、相手方がが負担する目的物の返還義務と破産管財人が負担する財団債権についての償還義務は同時履行の関係に立つと一般に解されているから、詐客行為否認が認められた場合(<2>(ii)に該当する場合を除く。)における判決内容は、消滅した債務の額に相当する額の償還との引換給付判決になると考えられる。
これに対して、破産管財人が、上記の点についての立証に成功した場合には、偏頗頗行為否認が認められ、相手方が取得する債権は破産債権となるから(破産法第79条)、その場合の判決内容は、単純な給付判決になると考えられる。
次に、B案の考え方によれは、詐害行為否認の場合には、差額の償還請求しか認められないことになるから、給付訴訟を提起した場合の訴訟物は 否認権に基づく差額相当額の償還請求権であると考えられるのに対して、偏頗行為否認の場合には、A案と同様、否認権に基づく動産の返還請求権であって、訴訟物が異なると考えられる。
したがって、偏頗行為否認が認められるか否か明らかでないような事案については、破産管財人としては、主位的に動産の返還を、予備的に差額の償還を求めること等が考えられる。

3否認の対象財産の売渡請求権の行使方法について(<4>及び<5>)
否認の対象財産の売渡請求権(<4>)の行使方法について、これまでは特段の制限を設けず、遺留分減殺請求権を行使された受道者等の価額弁償の制度(民法第1041条)と同様の取扱いをすることとしていた。
この点に関し、民法第1041条についての判例では、遺留分減殺請求権に基づく目的財産の返還請求訴訟において、受遺者が同条の規定による弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、その判決の中で弁償額を定めた上、受遺者がこれを支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の請求を認容すべきであるとされている(最判平成9年2月25日民集51巻2号448頁)が、当該判例を前提としても、受適者等が当該訴訟において弁償をする旨の意思表示をしなかった場合には、再度弁償額を巡って紛争が生ずるおそれがあることになる。
<4>による亮渡請求権についても、同様の取扱いをすることとすると、破産管財人としては 財産減少分を破産財団に取り戻すために、否認訴訟等のほかに、再度弁償額を巡る訴訟の追行を余儀なくされる場合が生ずることとなり、管財事務の迅速処理に支障を来すおそれがあると考えられる。
他方、否認訴訟又は否認の請求の手続において、差額弁償の意思表示をしない限り、<4>により売渡請求権を行使することができないとすると、否認訴訟等の相手方が否認の原因について激しく争っているような場合であっても、否認が認められた場合に備えてこの意思表示をせざるを得なくなって、当事者の訴訟追行の観点から問題があると批判があり得ると考えられる。
本文では 管財事務の迅速処理の観点を重視し、また、この制度は財産の返還義務を負担してしかるべき否認の相手方に特別の保護を与えるものであることを考慮して、<4>の売渡請求権の行使方法を制限するものとしているが、この点についてどのように考えるか。

4 <4>の 「弁償」をすべき期間について
<4>の売渡請求権の制度を設ける際に参考にした民法第1041条については、上記の判例上、受遺者が事実審の口頭弁論終結前に裁判所の定めた価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、事実審の口頭弁論終結時を基準として弁償すべき額を定めた上、受遺者がこの額を支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の請求を認容すべきであるとの判断がされている。
このような条件付の判決をする場合には、いつの時点までに弁償をすることが可能かという点が問題となるが、上記の判例は、不動産の持分移転登記手続を求める訴訟に関するものであったことから、弁償をしたことが民事執行法第173条第1項ただし書の「債務者の証明すべき事実」に該当するとして、裁判所書記官が同条第3項によって定める期間までに弁償した事実を証明する文書が提出されなかった場合に限り、執行文が付与されることとなる旨の判示をしている。
したがって、登記訴訟以外の場合にこの「一定期間」をどのように決めるかという点については判例上も明らかになっていないが、この判決の趣旨を登記訴訟以外の場合にも及ぼすとすると、判決の中で弁償をすべき期間を定めることになるのではないかとの指摘がされているところである(平成9年最高裁判所判例解説275頁参照)。
このように、民法第1041条については、弁償をすべき期間が法律上明らかになっていないことから、これに伴う実務上の問題が生じていることにかんがみると、上記の制度では、この点を法律上明らかにするのが相当であると考えられる。
そこで、<6>では、否認訴訟の判決をする裁判所等が弁償をすべき期間についても定めることとしているが、この点についてどのように考えるか。

5 再建型の手続において<4>の売渡請求権を認めることの当否
第29回会議では、破産手続において<4>の制度を設けることについては、特段異論は出されなかったが、再建型の手続では、否認の対象となっている財産が事業の継続に必要な場合も想定されるから、再建型の手続に<4>の制度を設けることについては、慎重に検討すべきであるとの指摘がされたところである。
しかしながら、<4>の制度は、否認の相手方のリスクを軽減させ、否認のリスクに伴う萎縮的効果の除去等の目的で設けるものであるが、否認の対象となる行為の当時に、その後どのような倒産処理手続が開始されるかは不明であることからすると、再建型の場合に<4>の制度を設けないこととする場合には、否認のリスク軽減という制度趣旨が相当程度没却されることになると考えられる。他方、事業の継続に必要な財産の取戻しといった観点を否認制度において考慮することについては疑問があり.否認権の行使によって財産を取り戻さなければ再建が困難であるという場合には、そもそも再建の可能性が低く、このような場合を念頭に置いて再建型の場合に<4>の制度を設けないとするまでの必要性に乏しいと考えられる。
以上のような点を考慮して、<4>から<6>までの制度は、破産手続だけでなく、再建型の倒産処理手続にも設けるものとすることで、どうか。

4 否認権の行使方法
破産手続において、破産管財人は、否認の請求の方法(民事再生法第135条から第137条まで参照)によっても否認権を行使することができるものとする。

(注)
給付を求める否認の請求を認容する決定に対する異議の訴えにおいて、否認の請求を認可し、又は変更する判決をする場合には、破産管財人の申立てにより又は職権で、担保を立てて、又は立てないで、仮執行をすることができることを宣言することができるものとする(倒産法部会資料40第12.1(5)イ<4>参照)。

5 否認の訴え及び否認の請求事件の管轄
否認の訴え及び否認の請求事件は 破産裁判所が管轄するものとする(民事再生法第135条第2項参照)。

(否認権関係後注)
転得者に対する否認の要件(破産法第83条)については、これまで転得者の前者の主観的要件を不要とする方向で見直しの当否について検討してきたが、この方向での見直しをした場合における転得者の権利行使の範囲及び方法をいかに定めるかが問題とされたところである。
この点については、部会資料38では、否認の効果の相対効を徹底した考え方を掲げたところであるが、転得者の前者の主観的要件の要否については、否認権の関係では、規定の 文言上、これを必要とする表現ぶりになっていることもあり、否定説は少数説であって、主観的要件を不要とした場合の法律関係については、従前ほとんど議論されこていないと考えられる。また、詐害行為取消権の関係では 判例(最判昭和49年12月12日金融法務事情743号31頁)は肯定説をとっているものの、肯定説をとった場合におけるその後の法律関係については、学説においても通説的な見解は存しない状況にあるとの指摘が当部会でもされたところである。また、判例は、詐害行為取消権等について相対効を前提とした考え方をとっているが、これが問題となる全ての場面で相対効を徹底しているわけではなく、上記の点につき肯定説をとった場合におけるその後の法律関係をどのように考えているかは必ずしも明らかでないと考えられる。
このような状況の下で、上記の点につき肯定説をとった上でその後の法律関係についても否認の相対効を前提とした規律を設けることの当否については、更に慎重な検討を要するものと考えられることから、今回の見直しでは、この点の見直しはしないものとすることが相当ではないかと考えられるが、どうか。

2 債務者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後に、特定の債権者に対する債務について、他の債権者を害する目的で、担保を供与し、又は債務を消滅させる行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたときは、処罰するものとし、情を知って、その相手方となった債権者も処罰するものとする(破産法第375条第3号参照)との考え方があるが、どのように考えるか(倒産法部会資料第39・1(後注2)参照)。

目次

○トップページ

■第一次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第二次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第三次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■残された課題

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法