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【第一次案】第3部 倒産実体法: 第4 否認権

1 否認権の要件
(1)破産法第72条の見直し
ア 甲案
(ア)否認に関する一般的要件
次に掲げる行為は、破産宣告後、破産財団のために否認することができるものとする。

<1>破産者が支払の停止又は破産の申立て(以下「支払の停止等」という。)の前に破産債権者を害することを知ってした行為。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。

<2> 破産者が支払の停止等があった後にした破産債権者を害する行為。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、支払の停止等があったこと及び破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。

(イ)偏頗行為に関する否認の要件
<1>(ア)にかかわらず、破産者が既存の債務についてした担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、その方法及び時期が破産者の義務に属するものは、その行為が支払不能になった後又は破産の申立てがあった後にされたものであり、かつ、債権者が、その行為の当時、
(i) 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合にあっては、支払の停止があったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実
(ii)当該行為が破産の申立てがあった後にされたものである場合にあっては、破産の申立てがあった事実をそれぞれ知っている場合に限り、否認することができるものとする。

<2> <1>の行為が支払の停止(破産等の申立て前1年間のものに限るものとする。)があった後にされた場合には、その行為の当時、支払不能であったものと推定するものとする。

(注)
1 甲案は、 中間試案に掲げた考え方である。
2 他の倒産処理手続から破産手続に移行した場合における否認の要件については、「否認権」に関する章ないし節ではなく、手続相互の移行に関する条文の中に規定するものとする(倒産法部会資料27第6参照。乙案も同じ。)。

イ 乙案
(ア)詐害行為(狭義)に関する否認の要件
<1> 次に掲げる行為は、破産宣告後、破産財団のために否認することができるものとする。(1) 破産者が支払の停止等の前に破産債権者を害することを知ってした行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。(ii)破産者が支払の停止等があった後にした破産債権者を害する行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、支払の停止等があったこと及び破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。

<2> 破産者がした債務の消滅に関する行為であって、債権者が受けた給付の価額[債権者が受けた利益]が当該行為によって消滅した債権の額より大きいものについては、<1>と同様の取扱いをするものとする。

(イ)偏頗行為に関する否認の要件
<1> 破産者が既存の債務についてした担保の供与又は債務の消滅に関する行為は、その行為が支払不能になった後又は破産の申立てがあった後にされたものであり、かつ、債権者が、その行為の当時、次の(i)及び(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)及び(ii)に定める事実を知っていたときは、これを否認することができるものとする。
(i) 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払の停止があったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実
(ii) 当該行為が破産の申立てがあった後にされたものである場合 破産の申立てがあった事実

<2> <1>の行為が破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しないものであって、当該行為の後30日以内に支払不能になったときは、これを否認することができるものとする。ただし、 債権者が、その行為の当時、他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。

<3> <1>(i)及び<2>の適用については、支払の停止(破産の申立て前1年間のものに限るものとする。)があった後は、支払不能であるものと推定するものとする。

<4> <1>の適用については、<1>の行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合には、債権者の主観的要件に関する証明責任を転換するものとする。

(注)
1 乙案は、狭義の詐害行為(財産減少行為)と偏頗行為とを分けて規定することとした上で、非義務行為(「その方法が破産者の義務に属しないもの」を除く。)に「ついては、支払不能後の行為だけでなく、その前30日以内にされた行為についても否認の対象とするものである。乙案をとる場合には、支払不能前30日よりも前にされた非義務行為についても、偏頗行為否認の可能性が全くないということになり、故意否認で対応することができる現行制度よりも否認できる範囲が狭まることになるおそれがあるが、この点についてどのように考えるか。

2(イ)<2>では、現行法上の非義務行為のうち、「破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しないもの」については、危機時期を支払不能から30日間遡及させているのに対し、「その方法が破産者の義務に属しなし、もの」についてはこれを遡及させる取扱いとはしていない。これは、まず前者についてには、支払不能の直前にされる期限前弁済等は、特定の債権者が弁済期までの間負担すべき破産のリスクを他の破産債権者に転化するものであるから、これらの行為は債権者間の平等を図る観点から危機時期を遡及させる必要性が高いことを考慮したものである。これに対して、後者については、「その方法が破産者の義務に属しないもの」であっても、当該行為の当時・弁済期が到来しており(弁済期が到来していない場合には、「その時期が破産者の義務に属しないもの」として取り扱えば足りる。)、かつ、対価的均衡がとれているもの(対価的均衡がとれていないものについては、後記3のとおり、(ア)<2>が通用になる。)については、本旨弁済等の義務行為と同様の取扱いをするのが相当ではないかと考えたものである。(なお、支払不能後に非義務行為を否認する場合における債権者の主観的要件の証明責任の転換については、非義務行為から「その方法が破産者の義務に属しないもの」を除外することとはしていない。これは、危機時期にされた非義務行為は、特定の債権者をことさらに有利に扱っている点で、債権者間の公平を著しく害するものであることを考慮して、否認の要件を緩和したものであり、破産第72条第4号と同様の趣旨に基づくものである。)以上の点についてどのように考えるか。

3  債務の消滅に関する行為のうち、対価的均衡を欠く代物弁済等のように財産減少行為としての側面をも有する行為については、偏頗行為の否認の対象とならない時期における行為についても、詐害行為としては否認することができるものとしないと他の財産減少行為との間で均衡を欠くことになるから、(ア)<2>でその点の手当てをしている。なお。「担保の供与」については、被担保債権の額が担保物の価値を下回る場合であっても、基本的には清算義務があると解されるので、これについては詐害行為の否認の対象とはしていない。

(2) 適正価格による不動産等の売却等に関する否認の要件
<1> 破産者が不動産の売却その他の破産債権者を害する行為をした場合であっても、破産者がその行為の相手方から相当の対価を得ているときは、破産者が、その行為の当時、対価として取得したものについて、隠匿、無償の供与[特定の債権者に対する特別の利益の供与]その他の破産債権者を害する処分をする意思を有し、かつ、相手方が、その行為の当時、その意思を知っていた場合に限り、否認することができるものとする。

<2> <1>にかかわらず、<1>の行為が支払の停止等があった後にされたものである場合には、相手方が、その行為の当時、支払の停止等があったことを知っていたときも、否認することができるものとする。

(注)
1 意見照会においては、この類型による否認の対象となる財産に「その他の重要財産」を含めると、売買の目的物が動産や債権、知的財産権であっても、この類型による否認の対象となるおそれがあり、かえって、これらの取引に萎縮的効果が生ずるおそれがあるとの意見が複数寄せられたところである。しかしながら、この点については、判例においても、重要動産を適正価格で売脚した行為につき詐害行為取消権の行使を認めた事案が存在し、また、判例理論からすると破産者からの適正価格による債権譲渡も否認の対象となり得るとの指摘がされているところ、(2)の対象財産を不動産に限定した場合には、むしろ(1)による否認(否認の一般的要件又は詐害行為の否認)の対象となるおそれがあることとなって、かえって高い否認のリスクを負うことになるのではないかと考えられる。すなわち、(2)の否認は、(1)による否認(否認の一般的要件又は詐害行為の否認)の特則であって、その行為類型が適正価格によるものであることにかんがみ否認の要件を厳格化したものであるから、(1)による否認の対象となり得ない行為であるにもかかわらず、(2)で否認されるということはなく、逆に(1)による否認の対象となり得る行為については、(2)による否認の要件の厳格化によって否認のリスクが軽減されるという関係にあるものである。このような点からすると、この類型にこよる否認の対象となる財産を不動産に限定することは相当でないと考えられるが、どのように考えるか、

2 意見照会においては、破産者の主観的要件の例示として「特定の債権者に対する特別の利益の供与」を挙げている点について、この場合には 、当該債権者に対する偏頗行為の否認又は相殺の禁止によって対応すべきであって、その元となった適正価格売却を否認の対象とするのは相当でないとの意見が寄せられている。売買代金を弁済に充てた場合で、これが否認の対象となる場合については、売買代金を「有用の資」に充てたとの評価をすることはできないから、判例の基準によれば、当該売却行為は否認の対象となると考えられる。もっとも、当該債権者に対する偏頗行為の否認のほかに、その元となった適正価格による売却自体の否認を認める必要性がある場合としては、(a)不動産の買主の主観的要 件については証明が可能であるが、債権者の悪意を証明することができない場合や、(b)当該債権者の資力に不安がある場合等が考えられるが、これらの場合に否認を認める必要性及び相当性については疑問があるとの指摘もある。以上のような点を考慮すると、「特定の債権者に対する特別の利益の供与」を例示として取り上げることとはせずに、この点については解釈に委ねることも考えられるが、どうか。

3 意見照会においては、支払の停止等の後にされた行為についても、<1>の要件を満たす場合に限り否認を認めることとすべきであり、「支払の停止等があったことを知っていた」ことを理由する否認は認めるべきではないとの意見が寄せられている。しかしながら、支払の停止等があると、その直後に法的な倒産処理手続が開始される場合も想定され、債権者の引当財産として確実な財産を確保すべき必要性も高くなるものと考えられるのであるから、支払の停止等の後にされた行為であっても、<1>の要件を満たさない限り否認することができないとすることの相当性については疑問があるところである。また、上記の考え方も、支払の停止等の後にされた行為については、「支払の停止等があったこと」を知っていれば常に否認されるということを意図したものではなく、他の詐害行為の場合と同様、「破産債権者を害する行為」の解釈の中で、行為の目的・態様等を総合的に判断した上で、否認の可否が決せられることになるものと考えられる。以上のような点を考慮して、この点については中間試案の考え方を維持することとしているが、どのように考えるか。

(3)受益者が内部者である場合における証明責任の転換
(1)の場合(破産管財人が受益者の主観的要件に関する証明責任を負担する場合に限る。)及び(2)の適用については、受益者が次の(i)から(iii)までに掲げる者である場合には、受益者の主観的要件に関する証明責任を転換するものとする。
(i) 破産者の理事、取締役、執行役、監事、監査役、清算人又はこれらに準ずる者
(ii) 破産者との間に次に掲げる関係がある者
(イ)破産した株式会社の総株主の議決権の過半数を有する者
(ロ)破産した株式会社の総株主の議決権の過半数を商法第211条ノ2に規定する親会社及び子会社又は同条に規定する子会社が有する場合における当該親会社
(ハ)株式会社以外の法人が破産した場合における(イ)又は(ロ)に準ずる者
(i)破産者の親族又は同居者

(4) 転得者に対する否認の要件
転得者に対する否認の要件については、次のとおりとするとの考え方があるが、どのように考えるか。次の場合には、否認権は、転得者に対しても、行使することがができるものとする。
<1> 転得者が転得の当時、否認しようとする行為によって利益を受けた者に対する否認の原因(その者が、当該行為の当時、破産債権者を害する事実を知っていたことを除く。以下(4)において同じ。)のあることを知っていたとき。

<2> 転得者が(3)(i)から(iii)までに掲げる者であるとき。ただし、転得の当時、否認しようとする行為によって利益を受けた者に対する否認の原因のあることを知らなかったときは、この限りでないものとする。

<3> 転得者が無償行為又はこれと同視すべき有償行為によって藷得した場合において、否認しようとする行為によって利益を受けた者に対する否認の原因があるとき。

(注)
1 意見照会においては、転得者の前者の主観的要件を不要とする方向で検討することについて寄せられた意見のすべてが賛成意見であった。

2 現行の破産法においては、転得者に対する否認の要件が「転得者力転得ノ当時各其ノ前者二対スル否認ノ原因アリコトヲ知リタルトキ」(第83条第1項第1号)という表現になっていることもあり、転得者の前者についても否認の要件が具備していることが転得者に対する否認の要件になると解する見解が多数説であると考えられる。これに対して、詐害行為取梢権については、判例は、転得者に対して民法上の詐害行為取消権を行使する場合には、転得者が悪意であれば、受益者が善意であったとしても、詐害行為取消権を行使することができる旨の判示をしている(最判昭和49年12月12日金融法務事情743号31頁)。上記の転得者に対する否認の要件についての多数説及び詐害行為取消権に関する上記判例を前提とすると、転得者に対する関係では、否認権の方が詐害行為取消権よりも要件が厳格化されていることになって不均衡であると考えられる。また、否認権の効果は、破産管財人と相手方との間で相対的に生ずるにすぎないと一般に解されており、受益者や転得者の悪意は、取引の安全を図るための要件であると考えれば、受益者や転得者の前者に善意の者がいるとしても否認権行使の相手方である転得者本人が悪意であれば否認権の行使を認めたとしても不当ではないと考えられる(上記の見直しをする場合には、転得者から受益者に対して追奪担保責任(民法第561条)を追及することはできないとの解釈がされることになるのではないかと考えられる。)。もっとも、上記の判例の考え方とは異なり、善意の受益者の処分の機会を確保し、法律関係の安定を図る等の観点から、いったん善意者が現れた以上は、債権者はもはや詐害行為取消権を行使することができないと解する見解も学説上有力であること等を考慮すると、この点については慎重に検討すべきであるとの指摘もある。以上の点について、どのように考えるか。

3 現行法の下では、転得者に対して否認権が行使された場合には、当該転得者は、その前者に対して追奪担保責任を追及するか、これを被保全債権として受益者の有する反対給付返還請求権等を代位行使することができると解されているようである。しかしながら、上記の見直しをする場合には、少なくとも、転得者の前者が善意である場合には追奪担保責任を追及することができないとの解釈がされることになるものと考えられる(注2参照)ので、追奪担保責任があることを前提とする上記の構成をとることはできないと考えられる。したがって、上記の見直しをする場合には、転得者に対する否認がされた場合における転得者の権利行使の方法についても手当てをする必要があると考えられる(転得者がその前者に対してした給付の価額の限度で、受益者と同様の権利を行使すること.ができるものとすること等が考えられる。)が、どのように考えるか。

(否認権の要件関係後注)
再生手続及び更生手続においても、同様の手当てを行うものとする。


2 破産法第84条における基準時
破産の申立てがあった日より1年以上前にした行為は、[支払の停止の事実を知っていたこと][支払の停止があった後にされたものであること]を理由として否認することができないものとする、

(注)
1 意見照会においては、寄せられた意見のほとんどが中間試案の考え方に賛成するものであった。もっとも、破産法第84条は、支払の停止が破産宣告の日より1年以上前のものである場合には、当該支払の停止と破産宣告との間の因果関係が希薄化する点を考慮したものであるといわれているところ、このような制度趣旨からすると、否認権の行使を制限する場合を「支払の停止の事実を知っていたこと」を理由とするものに限定する必然性はなく、「支払の停止」を要件とする否認を一般的に制限するのが相当であるとの指摘がある。具体的には、中間試案の考え方によると、破産の申立てがあった日より1年以上 前に支払の停止があり、その後否認の対象となる行為がされた場合において、受益者が破産債権者を害する事実を知っていたときは、破産者の詐害意思の証明を要せずに否認をすることができることになると考えられるのに対して、上記の考え方によると、この場合には、破産者の詐害意思の証明を要することになる点に違いがあると考えられる。上記の点について、どのように考えるか。

2 倒産手続相互間の移行がされた場合には、先行する手続開始の申立時を基準時とするものとする。

3 否認権の行使方法
破産手続において、破産管財人は、否認の請求の方法(民事再生法第135条から第137条まで参照)によっても否認権を行使することができるものとする。

4 否認の訴え及び否認の請求事件の管轄
否認の訴え及び否認の請求事件は、破産裁判所が管轄するものとする(民事再生法第135条第2項参照)。

(否認権関係後注)
詐害行為(狭義)(1(2)の対象となる行為を含む。以下同じ。)の否認の効果について、次のとおりとするとの考え方があるが、どのように考えるか。

<1> 詐害行為(狭義)が否認されたときは、相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(ii)に定める権利を行使することができるものとする。

(i) 破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存する場合 当該反対給付の返還を請求する権利
(ii) 破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存しない場合 財団債権として反対給付の価額の償還を請求する権利

<2> <1>(ii)にかかわらず、詐害行為(狭義)が否認された場合において、次の(i)又は(ii)に掲げる要件を満たすときは、相手方は、破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存する部分に限り、財団債権者としてその現存利益の返還を請求することができるものとし、その利益が破産財団に現存しない部分については、破産債権者としてその価額の償還を請求することができるものとする。

(i) 破産者が、その行為の当時、対価として取得したものについて、隠匿、無償の供与[特定の債権者に対する特別の利益の供与]その他の破産債権者を害する処分をする意思を有し、かつ、相手方が、その行為の当時、その意思を知っていたとき。
(iii)相手方が、その行為の当時、支払の停止等があったことを知っていたとき。

<3> 詐害行為(狭義)が否認されたことによって、相手方が破産財団に属する財産を返還する義務を負担する場合には、相手方は、当該財産の価額から<1>又は<2>によって財団債権となる額を控除した額を破産管財人に弁償して当該財産の返還を免れることができるものとする(民法第1041条第1項参照)。

(注)
1 <1>及び<2>について
意見照会においては、財産減少行為や適正価格売却等が否認された場合の効果について見直しをすべきであるとの意見が相当数寄せられたところである。現行法の下では、財産減少行為や適正価格売却等が否認された場合の効果については、(a)破産者の受けた反対給付が破産財団に現存する場合には、当該反対給付の返還を求めることができる、(b)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存する場合には、現存利益の返還を財団債権として請求することができる、(c)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存しない場合には、破産者の受けた反対給付の価額の償還を破産債権として行使することができるものとされている(破産法第78条)。したがって、相手方は、(c)の場合には、当該行為の時点で適正価格により当該 財産を買い受けること等により否認の対象とならない取引をしていた場合以上に損害を被ることになると考えられる。このように、相手方が、自らの与り知らない行為後の事情(破産者が受けた反対給付の使途等)によって、破産手続における地位が大きく異なることとなるのは、相当でないと考えられる。また、現行法の下では、破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存しなかった場合のリスクが大きいため、このことが取引に対する萎縮的効果をもたらすおそれがあるものと考えられる。他方、破産則財団にとってみれば、例えば廉価売却の場合であれば、当該財産の適正な価格から当該売買代金の差額について償還を受ければ損害はないはずである(相手方が破産者の費消・隠匿等の意図を知っていた場合については後述する。)。この場合に、売買代金の全部又は一部につき破産財団に現存利益がないときは、破産財団はその分減少することになるが、このような損害は、仮に、適正価格で売却をしていた場合であっても生ずるのであるから、この減少分についてまで相手方の負担とするのは相当でないと考えられる。そこで、<1>では、反対給付の価額の償還を請求する権利についてには破産財団に利益が現存するか否かにかかわらず財団債権としているが、この点についてどのように考えるか。もっとも、否認の相手方が、破産者の費消・隠匿の意図や支払の停止等の事実があったことを知っていた場合にまで、破産財団に利益が現存しない部分を財団債権とするのは相当ではなく、また、これを財団債権としたのでは適正価格による売却等の否認を認める意味がないと考えられることから、<2>でには相手方が、破産者の費消・隠匿等の意図を知っており、又は支払の停止等の事実を知っていた場合には、財団債権の範囲を現存利益に限定しているが、この点についてどのように考えるか。

2 <3>について
(1)概要
意見照会においては、詐害行為の否認の効果について、相手方は適正価格と取引価格との差額を償還することによって否認を免れることができるものとし、破産管財人も差額請求を選択することができるものとすべきであるとの意見が複数寄せられたが、このような意見は、廉価売却の否認等否認権の行使によって相手方が否認の対象となった財産の返還義務を負う場合を念頭に置いたものであると考えられる。この点については、破産管財人としては、反対給付の価額を償還した上で財産の返還を受けても、結局それを換価する必要があるのであるから、むしろ、適正価格と反対給付の差額分の償還を受けた方が迅速に管財実務を遂行することができるものと考えられる。もっとも、相手方が現物の返還を希望する場合にまで破産管財人からの差額請求を認めると、相手方に適正価格における売買契約等の締結を強制するのと同様の効果を生じさせることになって相当ではないと考えられる。そこで、相手方が差額分等の償還をすることによって財産の返還を免れることを希望した場合(いわば適正価格による買受けを希望した場合)に限って、このような処理をすることができるものとするのが相当であると考えられるが、どうか(民法第1041条では、遺留分減殺請求権を行使された受遺者等は、減殺を受ける限度において、遺贈等の目的の価額を遺留分減殺権利者に弁償することにより現物の返還義務を 免れることができることとされている。)。

(2) 詐害行為取消権との関係
詐害行為取消権について、判例は、現物返還が可能な場合にはできるだけその方法によるべきであるとしているので、否認権の場合に差額の償還請求を認めることが民法との整合性の観点から問題がないか検討する必要がある。この点については、詐害行為取消権においては、取消しの結果相手方が金銭の支払義務を負う場合には、取消債権者は直接自己に支払うよう請求することができ、その結果、取消債権者はこの金銭についての不当利得返還請求権と被保全債権との相殺をすることにより事実上優先弁済を得ることができることになるとされているので、このような結果をできるだけ回避するため現物返還を原則としているとの指摘もされている。これに対して、否認権についいては、 価額賠償を認めたとしても、破産管財人が金銭を受領してこれを全破産債権者の配当原資とするのであるから、上記のような問題点は存在しない。したがって、否認権について上記のような制度を設けたとしても、必ずしも詐害行為取消権の取扱いと整合性を欠くことにはならないと考えられるが、どうか。

目次

○トップページ

■第一次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第二次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第三次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■残された課題

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法