メイン

【第二次案】第3部 倒産実体法

第2 質料債権の処分等の取扱い

1 賃料債権の処分及び賃料の前払の取扱い(破産法第63条等)
賃料債権の譲渡等の破産手続における効力の制約を定めた破産法第63条(会社更生法第63条及び民事再生法第51条において準用する場合を含む。)の規定は、削除するものとする。

2 賃料債権を受働債権とする相殺の取扱い(破産法第103条等)
賃料債権を受働債権とする相殺の取扱いについては、次のとおりとすることで、どうか。
ア 賃料債権を受働債権とする相殺の制限を定めた破産法第103条の規定は、削除するものとする。
イ 更生手続における賃料債務を受働債権とする相殺の取扱い(会社更生法第48条第2項参照)については、次のとおりとし、再生手続(民事再生法第92条第2項参照)においても同様の手当てをするものとする。

<1> 更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が賃料債務であるときは、更生債権者等は、更生債権等の届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき[することとなる]賃料債務について、相殺することができないものとする。ただし、敷金があるときは、更生債権等の届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき[することとなる]賃料債務についても、敷金の額に相当する額に限り、相殺をすることができるものとする。[<2> 更生債権者等が、更生手続開始決定後、更生債権等の届出期間満了までの間に弁済期の到来すべき[することとなる]賃料債務をその弁済期に現に弁済したときは、更生債権者等が有する敷金返還請求権は、その弁済額の限度において、共益債権とするものとする。]
(注)
1 基本的な考え方 一倒産法部会資料34・B1案
本文の考え方は、賃料債権を受働債権とする相殺の取扱いについて、破産手続においては、特別の制約を設けないが、再建型手続においては、現行法を基本的に維持するという倒産法部会資料34(第3部・第1・1(3)イ)におけるB1案の考え方を基礎とするものである。
2 破産手統における取扱い  破産法第103条の削除(ア)
(1)破産手続においては、受働債権が期限付のときはもとより、条件付であるとき又は将来の請求権に関するものであるときであっても、相殺は妨げられず、一般に広く相殺が認められている(破産法第98条、第99条参照)。賃料債権(債務)の場合に、期限付債権(債務)、条件付債権(債務)や将来の請求権(に係る債務)一般の中で、特に「相殺の合理的期待」が希薄であると言うことはできず、また、清算型手続において、他の期限付債権(債務)、条件付債権(債務)、将来の請求権(に係る債務)であれば認められる相殺権を制約してまで、財団の確保を図るべき事情は見出し難いのではないかと考えられる。そこで、破産手続においては、特別の制約を設けないこととし、破産法第103条の規定は削除するものとすることで、どうか。
(2)破産第103条の規定を削除する場合、賃借入たる破産債権者の有する敷金返還請求権については、破産法第100条に依拠した寄託請求が可能であると解される(倒産法部会資料34・第3部・第1・1(3)イ(注)4(1)参照)。もっとも、(a)敷金返還請求権には、その発生のみならず、その額自体も不確定な債権である。また、(b)敷金返還請求権と賃料債務とは、別個の債権・債務である以上、両者の間には、観念的には、債権・債務の対立関係が認められるものの、敷金返還請求権は、目的物返還義務の履行までに賃貸借契約関係から賃借人に対して生ずる一切の賃貸人の債権を担保するものであり、目的物の返還時にその被担保債権を控除して、なお残額があることを条件として、残額につき発生するとされ(最判昭和48年2月2日民集27巻1号80頁参照)、また、賃料債権等の側からみると、目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅すらとされており(最判平成14年3月28日民集56巻3号689頁参照)、したがって、敷金返還請求権がこのような性質を有する限り、敷金返還請求額と賃料債務との間では、現実には、相殺はおこらないと解される。(a)(b)からすると、敷金返還請求権に関する破産法第100条の適用の可否に関しては疑義もあり得る。そこで、敷金返還請求権について、賃料債務を弁済する場合の寄託請求が可能であることを、明文で明らかにすることも考えられる。

3 再生手続及び更生手続における取扱い
イ<1>の考え方
(1)再生手続及び更生手続においては、広範に相殺を認めると事業等の再建が難しくなる等の事情から、相殺一般についても、破産手続に比し、相当の制約が設けられている。再生債務者又は更生会社の財産の収益の確保は、事業等の再建を図るための財産的基盤の確保という観点から、再建型手続においてはきわめて重要であり、そのような事情に照らすと、清算型手続においては賃料債務について特段の制約を設けないとしても、これと異なり、再建型手続においては、手続開始後の賃料債権を受働債権とする相殺について一層の制約を設けることも、十分に理由のあることと考えられる。そこで、イ(<1>)では、再建型手続においては、賃料債務について一定の制約を設け、その姿勢において、現行法の規律を維持する考え方を示している。

(2)もっとも、現行法上、受働債権となる賃料債務の範囲がどこまでかには一律に明解ではない。すなわち、現行法は、その範囲を、手続開始決定時における当期及び次期の賃料債務に限定している(会社更生法第48条第2項、民事再生法第92条第2項、旧会社更生法第162条第2項本文参照)が、「当期及び次期」の賃料債務の本来の弁済期が、債権届出期間満了後に到来することになる場合において、それらの債務を受働債権として相殺ができるかは、更生債権者等がそれらの債務について、期限の利益を放棄し、又は条件不成就の利益ないし機会等を放棄することができるか否かにかかっているところ、現行法上、期限付債務については期限の利益を放棄しての相殺が可能であると解されているが、これに対し、条件付債務や将来の請求権に関する債務については、破産法第99条後段がこれらに言及していながら、会社更生法第48条第1項後段及び民事再生法第92条第1項後段はこれらに言及していないことから、更生手続及び再生手続においてはそのような相殺が可能かどうか自体について見解の相違がある。また、賃料債務の法的性質についても見解は必ずしも確立していない。そのため、上記のように、当初の弁済期が債権届出期間満了の後に到来する場合(例えば、年払かつ後払の場合で、当期の貸料の弁済期は、個々、債権届出期間の満了の後になるというとき、又は年払かつ前払の場合で、次期の賃料の弁済期は債権届出期間の満了の後になるというときなどが考えられる。)、賃料債務は期限付債務であるとして期限の利益を放棄して当期及び次期の賃料債務について相殺ができるのが(したがって、年払の場合で、当期及び時期の賃料債務の弁済期が手続開始時に未到来であれば、2年分の賃料について相殺ができることになる。)、それとも、賃料債務は条件付債務又は将来の請求様に関する債務であり、しかし、条件付債務等であっても条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺はできるので、やはり、当期及び次期の賃料債務について相殺ができるのか、あるいは、そうではなく、条件付債務等である以上その
ような放棄をしての相殺はできないのか。現行法の規律は必ずしも明らかではないことに
なる。しかし、旧会社更生法の立法時には、賃料債務は期限付債務であると考えられていたとの指摘があり、また、旧会社更生法第162条第2項の規定の趣旨としても、一般に「弁済期末到来の賃料等又は将来の賃料等につき、期限の利益を放棄し、又は前払することにして相殺を許すとなると、その額は多額になることが予想される。したがって、このような相殺を無制限に認めると、更生債権者又は更生担保権者は全額につき完全な満足を受けたのと同じ結果になって他の債権者との平等を害し、かつ、会社はその財産を使用せしめた対価を受けられない結果になる。そこで、開始後の会社財産の使用の対価は現実に会社財産の中に入ってくるようにするため、この場合の相殺につき前述のような制限を設けたのである。」と説明されている。したがって、現行法の規律は、賃料債務については、それが期限付債務であっても、一般の場合と異なり、期限の利益を放棄しての無制限な相殺は 認めないとの趣旨に出るものであると理解される。そこで、<1>では、このことを明確にす るために、「当期及び次期」による範囲の画定ではなく、更生債権等の届出期間の満了後に 当初の弁済期が到来することになる賃料債務については、これを受働債権として相殺する ことができないという形で、受働債権となる賃料債務の範囲を画することとしている、なお、賃料債務が、倒産処理手続法にいう期限付債務と性質決定されるか、それとも、条件付債務あるいは将来の請求権に関する債務と性質決定されるかは、賃貸借契約の内容に依拠するところがあって、一律に賃料債務がいずれにあたるかの性質決定をすることはできないと考えられ、相殺の規津としては、賃料債務の性質がいずれであれ、相殺が制約されることを明らかにすることになるものと考えられる。

(3)現行法の「当期及び次期」による範囲画定を<1>のような形での範囲画定に代えるときは、受働債権となる賃料債務の範囲を現行法よりも拡大する結果をもたらす場合がある。例えば、賃料が月払であって、債権届出期間の満了が手続開始決定後4か月という場合には、(厳密には賃料債務の支払時期の定めにより左右されるが、)現行法であれば、2か月分の賃料債務についてのみ相殺ができるのに対し、<1>によれば3か月ないし4か月分の賃料債務について相殺が可能となる。しかし、旧会社更生法第162条第2頃についての上記の説明にうかがわれるように、問題視されるべきは、期限の利益の放棄等によって、本来は、債権届出期間満了後に弁済期が到来(し、相殺適状に逹)する賃料債務について、債権届出期間満了前に相殺適状を作出して、相殺する行為である。そうだとすれば、この部分さえ制約すればよいのではないかと考えられる。そこで、<1>では、現行法と異なり、「当期及び次期」による一層の制約を設けることとはしていない。現行法が、「当期及び次期」によって受働債権となる賃料債務の範囲を画していることに対しては、この場合の「当期及び次期」は契約上の賃料支払の定め方(例えば、年払、月払等)により決まると解されており、この結果、相殺の認められる範囲は契約内容により大きく異なり得るとの問題点が指摘されている。それは、契約という当事者の従前の選択・決定の反映ではあるものの、同様の立場にある賃借人たる再生債権者又は更生債権者等の間の公平及び再生債務者又は更生会社の財産的基盤の確保の点からは、契約内容に左右されず一律にこの範囲を画するべきであるとの指摘もある。現行法の「当期及び次期」による画定ほどではないものの、<1>にも同様の問題がある(例えば、年払でその約定の弁済期が債権届出期間内に到来するときは1年分の賃料について相殺が可能となるが、月払のときは債権届出期間内に約定の弁済期が到来する数か月分の賃料について相殺が可能となる。)、そこで、賃料の支払に関する契約上の合意内容にかかわらず、受働債権となる相殺の範囲を一律に画することが考えられる。そのような画し方としては、例えば(a)手続開始後債権届出期間満了までの間に相当する分とする、(b)手続開始後「Oか月分」(例えば、2か月分)とする、等があることが指摘されている。なお、債権届出期間は、手続開始の決定の日から4月以下とされているから(民事再生規則第18条第1号、会社更生規則第19条第1号)、(a)の考え方をとったとしても、それは最大4か月分ということになり、(b)について2か月程度とする限りは、(a)と(b)とでは実際上はあまり差は生じないと考えら
れる。このように、一定の期間の幅によって、相殺可能な範囲を画するとする場合 単に、賃料債務について「一周の制約」を課すのではなく、むしろ賃料債務について「一定の調整」を図ることを、その趣旨とすることが考えられる。すなわち、その一定の期間((b)の場合にはさらに債権届出期間)内に賃料債務が発生しない、又は弁済期が到来しない場合の取扱いに関し、相殺一般について、条件付債務や将来の請求権に関する債務について条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することが認められるならば、賃料債務の性質がどうあれ、賃借人はこの「一定の期間」の賃料債務について相殺の対象とすることが可能である。これに対し、条件付債務や将来の請求権に関する債務について条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することは認められないとすれば、期限付債務と性質決定されない限り、上記の場合には、賃借人は賃料債務について相殺ができないことになる。「一定の期間」により相殺範囲を画することが、純粋に、賃料債務について一層の制限を課すという趣旨に出るときは、このような場合に相殺が認められないとすることで問題はないことになるが、これに対し、「一定の期間」による相殺範囲の画定が、賃料債務を受働債権とする相殺についての「調整」であり、その範囲では相殺を認めるとの趣旨に出るとすれば、このような場合には、相殺一般の取扱いと異なるとしても、賃料債務については相殺を認める(その場合、爾後の手続の進行上、相殺により決済するかどうかは債権届出期間満了までに明らかにされる必要があるので、相殺の意思表示は債権届出期間満了までにされることを要し、したがって、相殺を可能とするために条件付債務や将来の請求権に関する債務について(自動的に)条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することをこの範囲で認める)こととなる。

(4)敷金返還清求権については、一方で、それが貸借契約関係から生ずる一切の賃借人の賃貸人に対する債務の担保であり、残額があれば返還されるべき性質であること、及び目的物返還時に賃料等の債務があるときは敷金は当然に充当され、賃料債務との間には相殺期待以上の強い結びつきがあることから、その保護の必要性が高いことが指摘されている。これに対し、他方で、敷金返還請求権に現行法における以上の保護を与えることについては、現在、可能となっている事業等の再建を不可能にする事案も少なからず生じ得るとの懸念も示されており、また、実体法上特別の優先的地位が認められていない以上、倒産処理手続においては、金銭返還請求権の一種と扱われることもやむを得ないとの指摘もある。これらの指摘を勘案すると、敷金返還請求権について一定の配慮を示すべきではないかと考えられるものの、その実現は、現行法の限りで図ることが、現時点においては、適切ではないかとも考えられる。そこで、本文(イ<1>)では、敷金がある場合の取扱いについても、現行法の規律を維持する考え方を示している。なお、この場合にも、当然、相殺の意思表示は、債権届出期間満了までにしなければならない。 現行法の規律に関しては、敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張の範囲について、(a)「当期及び次期」分に敷金相当額が上乗せとなるのか、それとも総計で敷金相当額となるのか、(b)その場合の敷金相当額は差入敷金額なのか、それとも敷金返還請求権の評価額なのかの2点において不明な点があることが指摘されている、いずれの点に関しても両論があり得るが、(a)については、現行法の規律が「当期及び次期」の分までは当然に相殺が認められるところ、敷金がある場合には、その分、特別に範囲を拡大する趣旨であると解されるとすれば、敷金の額に相当する範囲での「上乗せ」と解するのが、より素直な理解ではないかと考えられる。また、この規律を`敷金返還請求権の確保に配慮したものと解し、間接的とはいえ敷金保護の意味をそこに盛り込むとすれば、その敷金返還請求権に相当する額の範囲で、「上乗せ」しての保護を図る趣旨と理解するのが、より規律の趣旨にかなうものと考えられる。そこで、<1>では、この点を明らかにしている。また、(b)については、敷金返還請求権の保護という観点からはもとより、別の自働債権の相殺期待の保護の拡張という観点からも、敷金がある場合に拡張される事情は、本来返還されるべき敷金が財団中に存在し、それにより財団が利益を受けていることにあると考えるなら、敷金返還請求権の評価額を基準とすることになると考えられる、この点は、<1>では、 「敷金の額に相当する額」の解釈に委ねることとなるが、敷金返還請求権の評価額として明示することも考えられる。

4 敷金について現行法以上に特段の手当てを図る考え方 [<2>]
現行法の敷金に関する規律に対しては、現行法の方法では、敷金返還請求権とは別に、債権届出期間満了前に弁済期の到来した債権を有していた賃借人のみが保護を受け、そのような保護のあり方は、敷金返還請求権の保護として間接的であり、偶然的であって、適正な保護のあり方ではなく、賃借人間の平等一公平を害するとの批判がある。本文に[]で示した<2>は、この批判を踏まえ、かつ、敷金返還請求権全額の保護を図ることについての上記の問題点を考慮して、相殺に供し得る受働債権の範囲として一般に認められる賃料債務(<1>の反面として示される、債権届出期間満了までに弁済期の到来すべき賃料債務)の枠を、他に自働債権を有しない賃借人(又は敷金の額に満たない額の自働債権を有する賃借人)が、敷金返還請求権の確保に用いることができるようにするため、上記の範囲の賃料債務について、現実に弁済をするときは(したがって、相殺に供した分は除かれる。)その弁済額を限度として、敷金返還請求権を共益債権とするものである。弁済の時期については、更生債権等の範囲の画定の必要上、相殺の場合と同様に、債権届出期間満了までにされる必要があるのは当然である。<2>では、さらに、当該資料債務の弁済期(まで)に、その弁済がされることを要求している。共益債権化による敷金返還請求権の保護は、いわば特別の保護であり、遅滞なく弁済期に弁済をした場合のみがそのような特別の保護に値すると考えるものである。このような敷金返還請求権に関する取扱いを基礎付ける理由としては、(a)現行法(及び<1>ただし書)の受働債権の範囲の拡張は、別途自働債権を有する者の相殺の保護というより、むしろ敷金返還請求権の保護に配慮したものであると解することが可能であること、(b)再建型手続においては停止条件付債権を自働債権とする相殺についての配慮は一般にはされないものの、敷金返還請求権の法的性質から賃料債務との間では相殺以上に強い結びつきが認められ、「相殺以上の強い結びつき」については、保護を図ることも考えられること、(c)再建型手続の場合には、破産の場面ほど資力不安はなく、また、再建型手続においては、手元流動性の確保が重要であるという事情からは、寄託を求めるまでの必要はなく、また、適切でもないこと等をあげることができる。しかし、現行法の規律の目的が敷金返還請求権の保護にあると言いきれるかには疑問もあるうえ、このような共益債権化は、本来的な共益債権性ゆえではなく、寄託請求の転化としての便宜的な共益債権化であり、しかも、破産手続の場合と異なり、敷金返還請求権に限っての取扱いとなる。このように共益債権を敷金返還請求権に限って認めることには理論的な障害があるのではないか、また、このような取扱いによって実際上の問題が生じることはないかも懸念される。

5 相殺一般の規律を含めて整序する考え方
(1) 上記(3(2))のとおり、現行の更生手続及び再生手続においては、相殺の一般的な規律自体が明確ではなく、そのために、受働債権となる賃料債務の範囲についても、複数の可能性が生じている。この点を解決するには、受働債権となる賃料債務の範囲のみについて手当でをするのではなく、むしろ、相殺の一般的な規律自体について整序を図ることが考えられる。

(2)前述のとおり、相殺の一般的な規律に関しては債務が条件付である場合又は将来の請求権に関するものである場合に、 破産法上は認められると解されている-条件不成就の利益ないし機会等を放棄して相殺することが、更生手続及び再生手続において、認められるのかが問題となる。この点は、そもそも民法上そのような相殺が可能かという問題に関する考え方ともあいまって、次のとおり、複数の見解がある。すなわち、(a)条件付債務等の相殺は破産法において特別に認められたものであり、民事再生法及び会社更生法が、期限付債務についてのみ規定しているのは、そのような特別の相殺を再生手続及び更生手続においては認めないという趣旨であり、したがって、再生手続及び更生手続においては、条件付債務及び将来の請求権に関する債務について、条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することはできないとの理解、(b)条件付債務等の相殺は破産法において特別に認められたものであるとしても、同じ倒産処理手続においては、同様に認められるべきものであり(相殺は破産と基本的に同じとするというのが、旧会社更生法に関する法制審議会の答申であったとの指摘もある。)、民事再生法及び会社更生法が、期限付債務についてのみ規定したのは、自働債権についての扱いに引きずられたものにすぎないとの理解、(c)条件付債務等の相殺は、民法上も可能であり、特別の規定の必要はなく、破産法と民事再生法及び会社更生法との間の規定の違いは、自働債権との対応に由来するものであるとの理解である。この点については、現行法(民事再生法第92条第1項及び会社更生法第48条第1頃)の基礎となった旧会社更生法(第162条第1項)の相殺の一般的なルールについての立法趣旨は必ずしも明らかではないものの、再建型手続においては、広範に相殺を認めることが事業等の再建の支障になりかねない等の考慮から、破産手続に比し、相殺に相当の制約が設けられている中で、条件付債務や将来の請求権に関する債務のように、その発生が不確実な債務についても広く相殺を認めることは、更生債権者等の選択により、その一方的意思表示によって、当該債務の不発生の利益を放棄して、当該債務について実価の減少した更生債権等の「対当額」で(代物)弁済をするのを認めるのと同様の結果をもたらすことになって、財産的基盤の確保等上記の再建型手続における相殺についての一般的な考え方からは、適切ではなく、破産法第99条後段と異なり、再生手続及び更生手続においては、条件付債務及び将来の請求権に関する債務についての言及がされていないのは、そのような趣旨と解するのが適切ではないかと考えられる。

(3)また、現行法の期限付債務の規律(民事再生法第92条第1項後段、会社更生法第48条第1項後段)に関しては、(a)期限の利益を放棄して相殺するという民法上認められる相殺が可能であることを確認したものである(純粋な確認のほか、粂件付債務及び将来の請求権に関する債務について、破産法とは異なる扱いを示す意味があるとするものもある。)、(b)期限の利益を放棄する必要がなく、当然に相殺が可能であることを認めたものであるとの、ニ様の理解がある。しかし、期限付債務についても相殺の意思表示は必要であり、その場合に、期限の利益を放棄する旨を示すことを省略できることにさして意味はないのではないか(また、期限付債務について相殺の意思表示をする場合には、期限の利益を放棄する意思表示は黙示に示されていると解することもできよう。)と考えられ、また、前記の再建型手続における相殺に関する一般的な姿勢からすると、この場面で相殺を民法における以上に拡張する理由に乏しいと考えられる。そうであるならば、むしろ、この規定は、(a)の確認規定であり、条件付債務や将来の請求権に関する債務との対比で、その内容を明らかにするものとして、整理するのが適切ではないかと考えられる。

(4)上記(2)(3)を踏まえて相殺についての一般的なルールの内容を明らかにしたうえで、賃料債務を受働債権とする相殺の範囲を画することとするならば、そのルールは次のようになるものと考えられる。すなわち、まず、相殺は、債権届出期間満了までに相殺適状が生じたものに限り認められるとの現行法の一般的な規律を示し(下記<1>)、次に、期限付債務については、期限の利益を放棄して相殺することが妨げられないこと、条件付債務及び将来の請求権に関する債務については、条件不成就の利益ないし機会を放棄して相殺することは認められないこと(停止条件付債務の場合には条件が債権届出期間の満了までに成就したときに限り相殺できること等)を明らかにし(下記<2>及び<3>、そのうえで、賃料債務については、たとえ、それが期限付債務であとしても、期限の利益を放棄して相殺することができないとし、ただし、敷金があるときは、その敷金の額を上限として、期限の利益を放棄しての相殺が認められるものとする(下記<4>。範囲に関する問題については、上記3(4)参照)。これにより、賃料債務の場合には、それが条件付債務又は将来の請求権に関する債務であるとされるときは、相殺の一般的なルール(下記<3>)によって、それが期限付債務であるとされるときは、貸料債務に関する特別のルール(下記<4>本文)によって、それぞれ、債権届出期間満了後に弁済期の到来すべき債務については、相殺の対象とすることができない(敷金がある場合を除く。)旨が示されることになる。( 相殺一般の規律を含めて整序するとの考え方をとる場合の規定のイメージ)

<1> 更生債権者等が更生手続開始当時更生会社に対して債務を負担する場合において、債権及び債務の双方が第138条第1項に規定する債権届出期間の満了前に相殺に適するようになったときは、更生債権者等は、当該債権届出期間内に限り、更生計画の定めるところによらないで、相殺をすることができるものとする。

<2> <1>は、更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が期限付であって、<1>の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき(することとなる)場合において、更生債権者等が、<1>の債権届出期間の満了前に、期限の利益を放棄して相殺することを妨げないものとする。

<3> <1>に規定する場合において、更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が、停止条件付であるときは、更生債権者等は、<1>の債権届出期間の満了前に、当該条件が成就した場合に限り、<1>の規定による相殺をすることができるものとする、債務が将来の請求権に関するものであるときも、同様とするものとする。

<4> <2>にかかわらず、更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が賃料債務であるときは、更生債権者等は、<1>の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき[することとなる]賃料債務について、期限の利益を放棄して相殺することができないものとする。ただし、敷金があるときは、<1>の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき [することとなる]賃料債務についても、敷金の額に相当する額に限り、期限の利益を放棄して<1>により相殺をすることができるものとする。

6 上記(3から5まで)を踏まえ、再生手続及び更生手続における賃料債務を受働債権とする相殺の規律について、どのように考えるべきか。

第3 否認権

1 適正価格による不動産等の売却等に関する否認の要件
(1) A案
破産者がその有する財産について破産債権者を害する処分をした場合であっても、その行為の相手方から相当の対価を取得しているときは、その行為は、次の(i)及び(ii)の要件をいずれも満たすものである場合を除き、否認することができないものとする。
(i)破産者が、その行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分をする意思を有していたこと。
(ii) 相手方が、その行為の当時、破産者が(i)の意思を有していたことを知っていたこと。

(基本的な考え方)
A案は、中間試案及び部会資料35で示した考え方と同様、不動産等の実質的担保価値が高い財産を費消、隠匿が容易な金銭等に代える行為は「破産債権者を害する行為」に当たり得ることを前提とした上で、適正価格による不動産等の売却等に対する萎縮的効果を除去する観点から、否認の要件を限定したという構成にしている。また、適正価格による売却については、原則として否認することができない旨を明らかにするため、「~場合を除き、否認することができない」という表現ぶりにしている。この考え方によれば、不動産以外の財産の適正価格による売却等が否認の対象となり得るか否かは「その有する財産について破産債権者を害する処分をした場合」の解釈に委ねられることになる。また。仮に、不動産以外の財産の適正価格による売却等が否認の対象となり得ると解釈する場合にも、上記の要件を満たさない限り否認されることはないことになる。

(問題点)
この類型による否認の対象となる財産を明示せず、この点については「破産債権者を害する処分」という抽象的な概念の解釈に委ねることとすると、実質的担保価値において金銭等とそれほどの差異がなく、適正価格であれば否認の対象となり得ない財産の処分についてまで萎縮的効果が生ずるおそれがないか。

(2) B案
破産者がその有する財産を処分する行為をした場合において、その行為の相手方から相当の対価を取得しているときは、その行為は、次の(i)から(iv)までの要件をいずれも満たすものである場合に限り、[破産債権者を害する行為に該当するものとして、]否認することができるものとする。
(i)当該財産が、その性質上、隠匿その他の破産債権者を害する処分(以 下「隠匿等」という。)をすることが困難なものであること。
(ii)当該行為により破産者がその対価として取得した財産が、その性質上、 隠匿等をすることが容易なものであること。
(iii)破産者が、その行為の当時、対価として取得した財産について、隠匿等をする意思を有していたこと。
(iv)相手方が、その行為の当時、破産者が(iii)の意思を有していたことを知っていたこと。

(基本的な考え方)
B案は、 「実質的担保価値の減少」の具体的内容を規定上明らかにすることによって、金銭等と実質的担保価値の異ならない財産の適正価格による売却等が否認の対象とならないことを明確化しようとする考え方である。

(問題点)
この考え方をとる場合には、「実質的担保価値の減少」の具体的内容をいかに明確化することができるかが問題となる。B案では、(i)で実質的担保価値の高い財産を、(ii)で実質的担保価値の低い財産をそれぞれ規定しているが、そのいずれにおいても、「隠匿その他の破産債権者を害する処分をすること」が困難であるかどうか(共同担保としての確実性の程度)をメルクマールとしている。しかしながら、このような表現ぶりでは、この否認類型の対象となる財産が明確でないことに加え、「債権の引当財産としての重要性」という観点が明示されていないことから、 B案の当初の意図とは異なり、 A案によるよりかえって否認の対象となる財産が広がるおそれがあるとの指摘があり得るが、この点を規定上明確化することは相当困難であると考えられる。

(適正価格による不動産等の売却等に関する否認の要件関係後注)
中間試案及び部会資料35で示した考え方では 支払の停止等の後にされた行為については、「支払の停止等の事実を知っていた」ことを理由として否認することができるものとしていたが、意見照会の結果及び倒産法部会における審議においては、このような規律にすると、支払の停止等があった後における不動産等の処分に萎縮的効果が生じ、法的倒産処理手続によらない再建に支障を来たすおそれがあるとの指摘がされたところである。そこで、今回の資料では、支払の停止等の後であっても、上記本文に掲げた要件を満たさない限り否認することはできないこととしているが、この点についてどのように考えるか。

2 否認権の効果
(1)詐害行為(狭義)の否認の効果
詐害行為(狭義)(1の対象となる行為を含む。以下同じ。)の否認の効果について、次のとおりとするとの考え方があるが、どのように考えるか。

<1> 詐害行為(狭義)が否認されたときは、相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(ii)に定める権利を行使することができるものとする。

(i)破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存する場合 当該反対給付の返還を請求する権利
(ii)破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存しない場合 財団債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利

<2> <1>(ii)にかかわらず、詐害行為(狭義)が否認された場合において、破産者が、その行為の当時、対価として取得した財産について、隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分をする意思を有し、かつ、相手方が、その行為の当時、破産者がその意思を有していたことを知っていたときは、相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(i)に定める権利を行使することができるものとする。[詐害行為(狭義)が支払の停止等の後にされた場合において、相手方が、その行為の当時、支払の停 止等があったことを知っていたときも、同様とするものとする。]

(i)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存する場合 財団債権者としてその現存利益の返還を請求する権利
(ii)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存しない場合 破産債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利

<3> 破産者がした債務の消滅に関する行為であって、債務が受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より大きいものが詐害行為(狭義)として否認されたとき(部会資料35第4・1(1)イ(ア)<2>参照)は、債権者は、財団債権者として当該行為によって消滅した債務の額に相当する額を請求することができるものとする。

<4> 詐害行為(狭義)が否認されたことによって、相手方が破産財団に属する財産を返還する義務を負担する場合には、相手方は、当該財産の価額から<1>から<3>までによって財団債権となる額(<1>(i)の場合にあっては、破産者の受けた反対給付の価額)を控除した額を破産管財人に弁償して当該財産の返還を免れることができるものとする(民法第1041条第1項参照)。
(注)
1 否認権が行使された場合における相手方の原状回復請求権の取扱い
詐害行為(狭義)が否認された場合の効果につき上記の見直しをするか否かは、結局、(i)破産財団の減少分の取戻しをどこまで認めるべきか、(ii)当該行為後にされた破産者の費消、隠匿等に伴う財産減少分のリスクをどちらが負担すべきかという観点からの政策判断に委ねられるべきものであると考えられる。
まず、(i)の観点については、(a)詐害行為(狭義)の否認の制度は、当該行為がされた時点における財産減少分を取り戻すことを目的とするもので、当該行為全部の取消を認めるのはあくまでもその手段に過ぎないと考えるのであれば、否認権の効果としてもその目的を達成するのに必要な範囲に限定され、原則として相手方にも原状回復の結果を保障することになると考えられるのに対し、(b)詐害行為(狭義)の否認の制度は、否認の対象となる行為の効力を否定して、逸出した財産を取り戻すことを目的とする制度であり、その結果、行為時の財産滅少分に加えて、反対給付につき当該行為後に破産者がした費消・隠匿等に伴う財産減少部分についても、破産手続による相手方の原状回復請求権への配当分を除き、財団への取戻しを認めることとなっても(これにより財団は、(当該財産全体の価額一破産手続による配当分)を回復することになる。)、否認の相手方が否認の原因があることについて悪意である以上、相手方に不当な不利益を課すものではないと考えるのであれば 現行法の規律を見直す必要はないということになるものと考えられる。また、(ii)の観点については、(a)当該行為後にされた破産者の費消・隠匿等に伴う財産の減少は否認の相手方の与り知らない事情に基づくものであるから、否認の相手方が行った買受け等の行為と当該行為後の財産減少との間に関連性を持たせることは相当でなく、そもそも財産減少分についてのリスク負担の分配が問題となるべき場面ではない(したがって、一般的に、債権者は債務者がした行為に伴う財産減少の結果を甘受せざるを得ないのと同様に、この場面でも当該財産減少の結果を否認の相手方の負担とすることはできない)と考えるのであれば、上記の見直しをすべきということになると考えられるのに対し、(b)この問題は 否認の相手方の原状回復請求権にどのような保護を与えるかという問題であり、破産者による当該行為後の費消・隠匿等に伴う反対給付の過失について、破産債権者と否認の相手方のいずれがリスクを負担するのが相当かという問題である(リスク負担の分配が問題となるべき場面である)と考えるのであれば 破産債権者の犠牲において否認の原因があることにつき悪意の相手方の利益を図る必要はなく、したがって、現行法を見直す必要はないということになるものと考えられる。また、この点の政策判断をするに当たっては、現行法の規律及び上記の見直しをした場合に生ずる下記の(1)及び(2)の問題点を検討する必要があると考えられるが、この点についてどのように考えるか。
(1)現行法の規律をとった場合に生ずる問題点「適正価格」の具体的内容は、行為時においては必ずしも明確でないにも関わらず、適正価格売却と廉価売却とで、当該行為後の財産減少分に関する取扱いを大きく変えることに問題がないか。特に、経済的危機に瀕した債務者が運転資金等の捻出のため、即時にその財産を売却したいという場合には、「適正価格」も即時換価性を考慮したものになってよいはずであるが、この点の解釈が必ずしも明らかでないこと等を考慮すると、現行法の規律では、経済的危機に瀕した債務者から財産を買い受けることに萎縮的効果が生じ、当該債務者の再建に支障を来すおそれがないか、

(2)上記の見直しをした場合に生ずる問題点
取引の相手方が「廉価」であることを知りつつ、破産者からその財産を買い受けたという場合であっても、「適正価格」との差額さえ支払えばその財産の返還を免れることができるということになると「廉価売却」を助長することにならないか。

2 <2>は、現行法と同様、破産者の受けた反対給付が破産財団に現存するか否かで相手方の取得する権利の内容を変えるものであるが、否認の相手方が支払の停止等があったことを知っていた場合を<2>の対象とするか否か(<2>の[]部分の問題)について検討する必要がある。この点については、適正価格による不動産等の売却等の要件として、支払の停止等を知っていたことを理由とするものを掲げないこととする場合(1(適正価格による不動産等の売却等に関する否認の要件関係後注)参照)には、否認の効果についても支払の停止等を知っていた場合を<2>の対象から除外することが考えられ、このような見直しをした場合には、現行法上の規律との格差はより大きくなると考えられる。もっとも、否認の成否に関する要件については、取引に対する萎縮的効果等を考慮してその範囲を明確に画する必要性が高いが、否認の効果としてより重い効果を生じさせるための要件については上記の点を考慮する必要性が少ないと考えられるから、その要件を完全に一致させる必然性はないと考えられる。そして、適正価格による不動産等の売却等の要件から支払の停止等を知っていたことを理由とするものを除外する理由が、これを理由とする否認を認める必要性がないという点にあるのではなく、支払の停止等の後の救済融資等に萎縮的効果が生ずることを防止する点にあるとすると、否認の効果については、支払の停止等を知っていた場合を<2>の対象とすることが考えられるが、どのように考えるか。

3 <3>は、対価的均衡を欠く代物弁済等を詐害行為(狭義)として否認する場合の効果を規定したものである。本文に掲げた考え方は、前記注1に記載したとおり、詐害行為(狭義)否認の効果を行為時点における財産減少分の取戻しに限定するものであるから、この考え方を前提とすると、対価的均衡を欠く代物弁済等を詐害行為(狭義)として否認した場合の効果についても、消滅した債務の額との差額の取戻しに限定され、否認の相手方は、消滅した債務の額に相当する額の財団債権を取得することになると考えられる。なお、代物弁済等(対価的均衡を欠く場合を含む。)を偏頗行為として否認する場合には、いわば破産手続開始の決定の効果を遡及させ、破産手続による配当を強制することになるので、消滅した債務の額に相当する部分についても破産債権として取り扱われることになる(破産法第79条)。したがって、代物弁済等を偏頗行為として否認することができる場合には、詐客行為(狭義)として否認するよりには偏頗行為として否認した方が破産財団にとって有利ということになる。これに対して、否認権の効果について上記の見直しをしない場合には対価的均衡を欠く代物弁済等を詐害行為(狭義)として否認した場合の効果をどのように考えるべきか検討する必要があると考えられる。この点については、現行法の下でも、破産法第79条による方が第78条によるよりも破産財団にとって有利であるから、代物弁済等を偏頗行為として否認する場合には、破産法第79条が適用されることになると考えられる。これに対して、代物弁済等を偏頗行為としては否認することができない場合(代物弁済等が支払不能又はその30日前の日より前にされた場合)には、本来であれば第78条が適用されるべきではないかと考えられるが、その適用関係が必ずしも明らかでない。すなわち、この場合につき第78条を適用した場合の解釈としては、(a)破産者の受けた給付(この場合は破産者に対する債権ということになると考えられる。)が現存するものとして、第1項前段の適用により破産債権が復活することになるのが、(b)破産者の受けた給付は代物弁済等により消滅している(給付は現存していない)が、破産財団には債権消滅の利益が現存しているので、否認の相手方は、同項後段により財団債権を取得することになるのか、いずれの解釈もあり得るように思われる。なお、この点について (a)の考え方をとった場合には、結果として第79条を適用した場合と同様の結論になると考えられる。 以上の点について、どのように考えるか。

4 <4>については、否認の相手方が差額の弁償をする場合における価額算定の基準時をいつの時点とすべきかが問題となる。差額の弁償に期することによって否認の対象とされた財産の売渡請求を認めるこの制度は、否認の相手方の利益等を考慮して現物の返還に代わるものとして認められるものであるから、差額弁償における価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結時と解するのか相当であると考えられる。この点に関しては、否認権の行使によって現物の返還を請求することができず、価額賠償のみが認められる場合における価額賠償の基準時については、否認権の行使時と解するのが判例(最判昭和42年6月22日裁判集民事87号111項等)であるが、<4>の差額弁償は、現物の返還が可能な場合においてその返還に代えるものであるから、上記の場合と<4>による差額弁償の場合とで価額算定の基準時が異なることに理論的な不整合はないものと考えられる。なお、この制度を設けるに際し参考にした民法第1041条における価額算定の基準時も、判例上は事実審口頭弁論終結時とされている(最判昭和51年8月30日民集30巻7号768頁)。もっとも、価額算定の基準時をすべての場合につき同一の時点とすることで問題がないか否かについては慎重な検討が必要であり、価額算定の基準時については、他の制度においても一般に解釈に委ねられていることからすると、この点については、基準時を条文上明示することなく、解釈に委ねるものとすることで、どうか。

(2)転得者に対する否認の効果
転得者に対する否認の効果については、次のとおりとするとの考え方があるが、どのように考えるか。

(1)[及び破産法第79条]の規定は、転得者に対する否認がされた場合について準用するものとする。ただし、(1)<1>から<3>まで[及び破産法第79条]の規定による転得者の権利行使は、転得者がその前者に対してした給付の価額を限度とするものとする。

(注)
1 上記の見直しは、転得者に対する否認の要件について、部会資料35第4・1(4)に掲げた見直しをすることを前提とするものである。
2 上記(1)及び(2)の見直し期した場合には、下記の事例について次のような取扱いをすることになる(なお、転得者は、破産者の売買代金の使途及び支払の停止等の事実を知らないものとする。)と考えられるが、この点についてどのように考えるか。

(事例)
時価1000万円の不動産の廉価売却(受益者に600万円で売却)について転得者に対する否認がされたものとする。

(3)受益者が転得者に800万円で売却した場合
輯得者は、財団債権として600万円の請求をすることができるにとどまり、受益者に支払った代金のうち、200万円については誰にも請求することができないことになる。

(b)受益者が転得者に400万円で売却した場合 転得者は、財団債権として400万円を請求することができることになる。この場合に、仮に破産財団に500万円の現存利益があるとすると、破産財団に100万円の利得が生ずることになる。以上のような結論には否認の効果が受益者に及ばないために生ずる問題(否認の相対効によって生ずる問題)であるが、(a)上記の各場面における結果の具体的妥当性についてはなお疑問の余地があること、(b)民法上の詐害行為取消権の効果についても、これを相対効とすることに伴う様々な問題点が学説上議論の対象とされており、それぞれの問題点についての判例の立場が必ずしも明らかでないこと等を考慮すると、そもそも現時点において、転得者に対する否認の要件について、詐害行為取消権に関する判例(最判昭和49年12月12日金融法務事情743号31頁)の趣旨を踏まえた見直し(部会資料35第4・1(4)参照)をするのは相当でないとも考えられるが、この点についてどのように考えるか。

3 本文の見直しをする場合には、破産者が受けた反対給付が現存していしる場合の取扱いについて、さらに検討する必要がある。この場合の取扱いについては、(a)転得者に対して破産者が受けた反対給付を返還するのは相当でないから、破産の受けた反対給付の価額と転得者がその前者に対してした給付の価額のいずれか少ない額を財団債権とするとの考え方や、(b)破産者が受けた反対給付の価額が転得者がその前者に対してした給付の価額よりも少ない場合には、破産管財人は破産者の受けた反対給付を転得者に返還すれば足りるが、そうでない場合には、転得者がその前者に対してした給付の価額を財団債権とするとの考え方等があり得ると考えられる。また、偏頗行為についても転得者に対する否認を認めることとする場合(後記注4参照)には、転得者は、その前者に対してした給付の価額の限度で、受益者が有していた破産債権を行使する形になるが、この場合の債権届出や債権調査の取扱い(例えば、債権調査において当該破産債権の内容に異議があった場合に、受益者の下にある当該破産債権に関する証拠資料等を転得者がどのように確保するかといった点等)についても検討を要すると考えられる。

4 上記本文では、破産法第79条の準用の有無について[]としている。これは、破産者・受益者間の行為が偏頗行為である場合についても、転得者に対する否認を認めることとするか否かに関わる問題である。偏頗行為についても、例えば、受益者たる債権者が代物弁済を受けた物を他に売却した場合等転得者に対する否認が問題となり得る場面は存在するが、偏頗行為の否認は、破産債権者間の平等を図り、特定の破産債権者の抜駆け的な債権回収を防止することを目的とするものであることにかんがみると、債権者平等原則は破産債権者のみを名宛人とするもので、偏頗行為については転得者に対する否認を認める必要はないとの価値判断もあり得るのではないかとも考えられる。この点について、どのように考えるか。

第4 民事留置権の取扱い

破産手続における民事留置権の取扱いについては、次のような考え方があるが、どのように考えるか。

(ア)破産財団に対しては特別の先取特権とみなすものとし、商事留置権と同じ取扱いとするとの考え方

(イ)特別の先取特権とみなすことはせず、民事留置権を破産法第92条の別除権に加えるものとするとの考え方

(ウ)民事留置権を別除権に加えることはせず、留置権としての効力の存続を図るものとするとの考え方

(注)
1 民事留置権の倒産処理手続における処遇の問題が審議された第26回会議の審議においては、破産財団に対する失効を定める現行法(第93条第2項)の取扱いは、担保物権としての民事留置権の効力を不当に弱めるものであり、民事留置権の効力を強化する方向で、その見直しを検討するべきであるとの意見が大勢を占めた。そのような方向での見直しのあり方としてには(ア)商事留置権と同様に、特別の先取特権とみなすものとするとの考え方、(イ)民事留置権を別除権とするとの考え方、(ウ)別除権とはせずに、民法、民事執行法等において認められる民事留置権の効力を、基本的に、そのまま認めるものとするとの考え方があり得る。

2 (ア)の考え方
(ア)は、破産手続における商事留置権の処遇とあわせ、特別の先取特権とみなし、優先弁済効等を認める形で、破産手続における民事留置権の担保としての実効性を確保しようとするものである、これにより、破産手続においては、民事留置権は別除権として扱われ、中止命令、免責手続中の個別執行禁止効(前記第1・1参照)、任意売却と担保権の消滅等の関係では、他の担保権と同様の、また、(商事)留置権の消滅請求の関係では、商事留置権の場合と同様の、取扱いがそれぞれされることになるものと考えられる。
(ア)の考え方をとる場合には、当該特別の先取特権の順位及びその効力の及ぶ範囲が問題となる。このうち順位に関しては、(i)他の特別の先取特権との関係、特に、商事留置権との間で優先劣後関係を設けるか、(ii)特別の先取特権以外の担保物権との間の順位をどうするかの問題がある、(i)については、現行法上、優先弁済効の認められない商事留置権に優先弁済効を認めることとのバランスから最劣後の特別の先取特権とされていること、商事留置権と民事留置権の要保護性に関する政策判断として、その歴史及び実態に照らして商事留置権の方が民事留置権よりも本来的な担保権として保護に値するとの考え方と被担保債権と目的物との間に牽連関係の要求される民事留置権の方が要保護性が高いとの考え方の両様があることを考慮すると、民事留置権についても、他の特別の先取特権に後れるものとし、商事留置権との間では同順位とすることが適切ではないかと考えられる。(ii)については。現行法上、商事留置権についても解釈に委ねられている点であり、(i)につき商事留置権と民事留置権を同順位とする限り、商事留置権に関する解釈がそのまま民事留置権に妥当することになると考えられる。特別の先取特権の効力の及ぶ範囲に関しては、留置的効力及びその範囲を、特別の先取特権及びその優先弁済効の範囲として、どのように変換・評価するかの問題がある。民事留置権の留置的効力に関しては、留置的効力の実効性(債務の弁済を促す効果)という観点から、被担保債権と牽連関係のある目的物の従物や附合物のほか「目的物の留置に必要不可欠な、あるいは、目的物との結合が被担保債権発生の前提となっている他の物に及ぶ(ただし、債務者がその物について所有権あるいは利用権を有していることが前提となる)と解される」と論じられている。例えば 判例・学説上議論があるものの、建物につき留置権が成立している場合の敷地(建物買取請求がされた場合につき、大判昭和14年 8月24日民集18巻877頁等参照)が挙げられる。このように、あるいは留置権の成否を決する牽連関係の問題として、あるいは成立した留置権の物的範囲の問題として、建物の留置に必要不可欠な他の物として敷地の留置が認められる場合に、なかでも、その必要不可欠な範囲は1筆の土地の一部にとどまり、当該部分(+建物)の評価額は被担保債権額を下回るというとき、「特別の先取特権とみなされ、それにより優先弁済効が認められる」範囲をとう画するかが問題となる。選択肢として、(a)特別の先取特権は土地全体に及び被 担保債権の額を上限として優先弁済効が認められる、(b)特別の先取特権は土地全体に及ぶが、優先弁済効は、 「必要不可欠な範囲」に相当する部分の評価額と被担保債権額のいずれか小さい方を上限とする、(c)特別の先取特権は土地には及ばない、等の考え方があり得るが、留置的効力の及ぶ範囲の「変換」について、どう考えるべきか。解釈に委ねるものとすることで、よいか。(なお、この問題は、更生手続において、更生担保権とする場合 その評価という形でも、問題となる(会社更生法第153条、第154条参照)と考えられる。)

3(イ)の考え方
上記2のように、民事留置権の場合には、特に、牽連関係が要求されることとの関係で、留置的効力の及ぶ範囲と特別の先取特権として優先弁済効を認めるべき範囲とは、必ずしも一致しない可能性があり、また、そうであるとすると、特別の先取特権とみなし優先弁済効を認めるべき範囲を正確に画定することは困難ではないかと考えられる。このような民事留置権の性質を勘案すると、破産手続におけるその処遇としては、商事留置権と異なり、特別の先取特権とみなすのではなく、留置権のまま別除権とすることが考えられる(民事再生法第53条参照)、(イ)はそのような考え方を採用するものである。別除権とされることにより、破産手続によらずに被担保債権の権利行使すなわち、破産手続における配当以外での被担保債権の満足(例えば、別除権の目的の受戻しによる被担保債権の満足等)が可能となる。
(イ)の考え方による場合、担保権や別除権についての他の制度の適用が問題となる。

(i)中止命令については、(イ)は、民事留置権に別除権としての効力を認める考え方であり、この基本姿勢からすれば、破産手続が開始した後も、民事留置権者の(形式)競売申立権は認められるとするのが素直な取扱いであり、また、破産手続開始後も民事留置権者に競売申立権が認められるとすると、民事留置権を基礎とする競売は中止命令の対象から除外されることになるのではないかとも考えられる。しかし、形式競売を通じて民事留置権者の受領する換価金については、その破産管財人への引渡債務(支払債務)について相殺禁止が働き、事実上の優先弁済はこの場面では働かないと解されることからすると、民事留置権に基づく競売は、純粋な換価手続であり、その帰趨は破産管財人の判断に委ねるべきであるから、中止命令の対象とすべきであり、ひいては、破産手続開始後、民事留置権者の競売申立権は認められないとの考え方も成り立ち得る。

(ii)免責手続中の個別執行禁止効(前記第1・1参照)についても、同様に両論があり得ると考えられる。

(iii)任意売却と担保権の消滅、(商事)留置権の消滅請求については、民事留置権も別除権たる担保権として、その効力が破産手続において認められる以上、いずれの制度の対象にもなるとも考えることができる。他方、担保権の実行としての競売の認められない民事留置権については、「担保権の実行の申立て」を通じての選択という構成にそぐわず、任意売却と担保権消滅の制度については、その対象とはならないとも考えられる。

(iv)(イ)による民事留置権の別除権化は、破産手続における配当以外の方法によって被担保債権の満足を受けることを妨げられないという地位を保障するにすぎず、本来的な担保権としての特質(特に優先弁済効)を付与するものではないので、別除権に関する現行法の規律のうち、優先弁済効を基礎とすると解される不足額責任主義や除斥の制度等の規定(破産法第228条第2項、第229条第 1項第4号、第262条、第277条)の適用に際し、民事留置権をどう取り扱うかも問題となる。この点については、(a)優先弁済効がない担保権である以上、これらの規定の適用はない、((a1)明文で適用除外を定める、(a2)全額が不足額となることが解釈により導かれる)、(b)留置権の目的である不動産が競売され買受人に留置権が引き受けられたとき等事実上とはいえ優先的地位が認められる担保権である以上、不足額責任主義の考え方を及ぼすべきであり、したがって別除権として、これらの規律がそのまま適用され、最終的には、民事留置権者は、留置権放棄の意思表示をするか、形式競売を通じて不足額(が全額となること)を証明するかの主体的行動を求められる(破産法第277条参照)ことになる(この考え方をとるときには、留置権者に競売申立権を認めることになる。)、等の考え方があり得る。民事留置権を、留置権のままで別除権とする場合、担保権ないし別除権に関する他の規定の適用について、どのように考えるべきか。

4(ウ)の考え方
優先弁済効のない留置権については、優先弁済効のある担保を想定した別除権の規律は必ずしも妥当しないと考えられ、そうであるならば、民事留置権につしいては、別除権とすることなく、留置権としての効力の存続を一定の範囲で認めることとするとの考え方もあり得る。(ウ)はこのような考え方をとり、民法及び民事執行法等における留置権としての効力が認められる障害となり得る点について手当てを図るものである。具体的には、民事留置権の被担保債権について、破産債権に対する配当以外の方法で、留置権といる担保権ゆえに認められる優先的な弁済を可能とすることが必要になるが、その点は、担保目的物の受戻し(被担保債権が目的物価額を下回る場合)及び留置権の消滅請求(被担保債権が目的物価額を上回る場合)の対象に民事留置権を加えることで対処ができるものと考えられる。なお、留置権の目的物上の担保権の実行に伴い認められる事実上の優先弁済については、動産であれば他の担保権者からの、不動産であれば買受人からの弁済によるものであり、第三者弁済としてそれ自体は破産法第16条の規定により妨げられることはないと解されるので、これらの場面については、特段の手当てをする必要はないものと考えられる。このほか、競売申立権については、上記3に記載したのと同様に、そもそもこれを認めるべきかをめぐって両論があり得るところである。仮に、破産手続において民事留置権に基づく競売申立椎を認めるべきであるとする場合、(ウ)の考え方で、特段の手当てを要するかどうかは、当該競売申立てが、破産法第16条の破産債権の行使に該当するか、また、総管財人の専権である破産財団に属する財産の管理及び処分に抵蝕するかの判断次第であるが、疑義があるとすれば、明確化する趣旨で、明文を置くことも考えられる。

(ウ)の考え方をとる場合、手当てをすべき事項としてどのようなものが考えられるか。

5 再生手続及び更生手続における取扱い
再生手続及び更生手続における取扱いについては、それぞれ次のとおりとなるものと考えられる。まず、(ア)の場合、(ア)の考え方は、民事留置権の処遇を商事留置権と同様のものとすることを基本とするので、したがって、(ア)の考え方による場合、再生手続及び更生手続における民事留置権の処遇も、商事留置権と同様とするのが、この基本姿勢にかなうものと考えられる(なお、その位置付けをより明確にするために、(商事)留置権について、再生手続及び更生手続においても、特別の先取特権とみなすとの考え方もあり得る。)、次に、(イ)の場合、再生手続及び更生手続においても、「別除権たる留置権」「更生担保権たる留置権」として民事留置権を処遇することになるものと考えられる。このような処遇は、現行法の再生手続及び更生手続における商事留置権の処遇と基本的に同様であることから、結局、(イ)の考え方をとる場合にも、現行法の商事留置権の取扱いを維持することを前提とする限り、再生手続及び更生手続においては、民事留置権の取扱いは商事留置権と同様とすることになると考えられる。最後に(ウ)の場合、再生手続及び更生手続における処遇は、多分に政策判断であるが、再生手続において、担保権消滅制度の対象とすること(又は民事留置権の消滅請求制度を設けること)、更生手続において、担保権消滅制度及び(商事)留置権の消滅請求制度の対象とすること(さらには更生担保権とすること)などが考えられる。

6 以上を踏まえ、民事留置権の破産手続における処遇について、どのように考えるべきか。

第5 相殺権

相殺禁止の範囲の見直し
相殺禁止の範囲については、次のとおりとするとの考え方があるが、どのように考えるか。

(1) A案
次に掲げる場合には、相殺をすることができないものとする。
<1> 破産債権者が破産手続開始後に破産者に対して債務を負担したとき。
<2> 破産債権者が、支払不能になった後又は破産の申立てがあった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その当時、次の(i)又は(ii)に掲げる事実を知っていたとき。
(i) 当該債務の負担が支払不能になった後のものである場合にあっては 支払の停止があったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実
(ii)当該債務の負担が破産の申立てがあった後のものである場合にあっては、破産の申立てがあったこと

<3> 破産者に対して債務を負担する者が破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。
<4> 破産に対して債務を負担する者が、支払不能になった後又は破産の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、次の(i)又は(ii)に掲げる事実を知っていたとき。
(i)当該破産債権の取得が支払不能になった後のものである場合にあっては、支払の停止があったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実
(ii)当該破産債権の取得が破産の申立てがあった後のものである場合にあっては、破産の申立てがあったこと

<5><2>の債務の負担又は<4>の破産債権の取得が支払の停止(破産の申立て前1年間のものに限るものとする。)の後にされた場合には、その当時支払不能であったものと推定するものとする。

<6> <2>又は<4>は、<2>の債務の負担又は<4>の破産債権の取得が次に掲げる原因に基づくときは、適用しないものとする。

(i)法定の原因
(ii)破産債権者又は破産者に対して債務を負担する者が支払の停止若しくは破産の申立てがあったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実を知った時より前に生じた原因(iii)破産の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

(注)
A案をとる場合においても、後記B案と同様、何時交換的行為と評価できる場合を相殺禁止の対象から除外することが考えられる(後記(2)(注)2参照)。

(2) B案
次に掲げる場合には、相殺をすることができないものとする。
<1> 破産債権者が破産手続開始後に破産者に対して債務を負担したとき。

<2> 破産債権者が、支払不能になった後又は破産の申立てがあった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その当時、次の(i)又は(ii)に掲げる事実を知っていたとき、ただし、当該債務の負担が支払の停止又は破産の申立ての前のものである場合には、当該債務の負担が、破産債権者が支払不能になった後にした契約に基づくものであるときに限るものとする。
(i)当該債務の負担が支払不能になった後のものである場合にあっては、支払の停止があったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実
(ii)当該債務の負担が破産の申立てがあった後のものである場合にあっては、破産の申立てがあったこと

<3> 破産者に対して債務を負担する者が破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。

<4> 破産者に対して債務を負担する者が、支払不能になった後又は破産の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、次の(i)又は(ii)に掲げる事実を知っていたとき。ただし、当該破産債権の取得が破産者との契約に基づくものであるときほどの限りでないものとする。(i)当該破産債権の取得が支払不能になった後のものである場合にあっては、支払の停止があったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実

(ii)当該破産債権の取得が破産の申立てがあった後のものである場合にあっては、破産の申立てがあったこと<5> <2>の債務の負担又は<4>の破産債権の取得が支払の停止(破産の申立て前1年間のものに限るものとする。)があった後にされた場合には、その当時、支払不能であったものと推定するものとする。

<6> <2>又は<4>は、<2>の債務の負担又は<4>の破産債権の取得が次に掲げる原因に基づくときは、適用しないものとする。
(i) 法定の原因
(ii)破産債権者又は破産者に対して債務を負担する者が支払の停止若しくは破産の申立てがあったこと又は他の破産債権者との平等を害する事実を知った時より前に生じた原因
(iii)破産の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因
(注)
1 <2>について
<2>に相当する部分について、倒産法部会質料35では、(i)破産債権者が破産者との間で破産者の財産の処分を内容とする契約により債務を負担した場合と、(ii)破産債権者が破産者の債務者の債務を引き受けた場合について支払不能で危機時期を画する考え方を掲げていた。このうち、(i)については、破産者の財産の処分を内容とする契約によって負担した債務と破産債権との相殺は、代物弁済と同視できる場合が多いと考えられること、破産者の財産の減少をもたらすことなく破産債権者が債務を負担した場合には相殺を禁止する必要性が少ないこと等を考慮したものである。しかしながら、この考え方の基本的発想は、支払不能から支払の停止等までの間については、破産債権者の積極的作為によって債権・債務の対立関係が作出された場合に限り、相殺を禁止するというものであるから、この点を考慮すれば、破産債権者のした契約の内容及び相手方を問題とする必要性は少なく、むしろ契約がされた時期のみが問題になると考えられる。また、(ii)にについては、前回の部会資料から具体的内容の変更はないが、破産債権者が債務引受をする場合には、免責的債務引受及び重畳的債務引受のいずれの場合においても、破産債権者は契約の当事者になると考えられる。そこで、今回の資料では、(i)と(ii)とを統合して、「破産債権者が、支払不能になった後にした契約により破産者に対して債務を負担した場合」とし、契約の内容や相手方を限定しないこととしたものであるが、この点についてどのように考えるか。

2 <4>について
(1)<4>に相当する部分について、倒産法部会資料35では、破産者の債務者が「他人の破産債権を取得した場合」に限り支払不能基準を用いる考え方を示していたが、これは、(i)この場合の相殺を許すと破産者の債務者が第三者の有する破産債権を安価に譲り受けることによって自己の債務を免れることが可能になること、(ii)破産者とその債務者との間で新たに債権が発生した場合についてはいわゆる同時交換的行為(担保権設定契約が融資に関する契約と同時又はこれに先行してされている場合)と同様に考えることができる場合が多いことを考慮したものである。しかしながら、倒産法部会資料35に掲げた考え方に対しては、「他人の破産債権を取得した場合」以外の場合が全て同時交換的行為といえるわけではなく、これを理由とする相殺禁止の例外は、担保の設定を条件とする信用供与と評価できる場合に限定すべきであるとの批判があり得ると考えられる.また、否認権との対比の観点からは、逆に、真に同時交換的行為と評価できる場合については、支払の停止等の後であっても相殺権の行使が認められてしかるべきであるとの批判も考えられる。そこで、今回の資料では、債権・債務の対立関係が生じた時期にかかわらず、 同時交換的行為と評価できる場合については相殺禁止の対象から除外することとしている。このような考え方をとることとする場合には、同時交換的行為と評価できる場合をいかに画するかが問題となる。ここに掲げた考え方は、「他人の破産債権を取得した場合」以外の場合のうち、破産者の債務者が破産者との間の契約によって破産債権を取得した場合については、同時交換的行為と評価できる場合に含まれるというものである。これは、(i)破産者の債務者が破産者との間で契約を締結し、新たに債権を取得するという場合に、反対債権との相殺を念頭に置いていない場合というのは通常想定し難いこと、(ii)仮にそのような場合があり得るとしても、破産者の債務者と破産者との間でされた契約について、破産者の債務者が相殺による回収を期待して契約を締結した場合とそうでない場合とを区別することは著しく困難であると考えられること等を考慮したものである。また、同時交換的行為を偶頗行為の否認の対象から除外する理由の一つとして、経済的危機に瀕した債務者に取引の機会を確保するという点が挙げられるが、このような政策的観点にかんがみても、破産者との間でされた契約一般について同時交換的行為としての取扱いを認めることには合理性があるものと考えられる。
これに対して、「他人の破産債権を取得した場合」に当たらない場合であっても、例えば、破産者の債務者が破産債権について第三者弁済をすることによって求償権を取得したという場合については、これを既存の担保を利用した信用供与とみることはできず、上記の政策的観点からもこれを同時交換的行為として取り扱う必要性に乏しいと考えられることからすると、このような場合を同時交換的行為として取り扱うのは相当でないと考えられる。そこで、今回の資料では、破産者の債務者が支払不能であることを知って破産債権につき第三者弁済をしたというような場合については、相殺を禁止することとしている。なお、破産者の債務者が破産債権につき第三者弁済をしたという場合であっても、第三者弁済をすることについて「正当ノ利益ヲ有スル」場合(民法第500条)であって、正当の利益を有するに至った時期が支払不能の前である場合(例えば、支払不能前に破産者の債務について物上保証をしていた場合等)については「′前二生ジタル原因」に該当し、弁済をした時期が破産手続開始前である限り、相殺が禁止されることはないと考えられる。

(2)<4>では、破産者の債務者が破産者との間の契約に基づいて破産債権を取得した場合を一律に相殺禁止の対象から除外しているが、当該契約締結の時点では、破産債権と破産者の債務者の負担する債務とが「同種の目的」(民法第505条第1項)を有するものでなく、民法上は相殺することができないものである場合には、その後破産手錠が開始されるか、又は債務不履行に基づく損害賠償請求権が生ずる等の事情がない限り、当該破産債権者は相殺をすることができないのであるから、この場合を既存の担保を利用した信用供与とみることは相当でないとも考えられる。そこで、このような場合は同時交換的行為と評価できる場合から除外することも考えられるが、この点についてどのように考えるか。

(3)同時交換的行為と評価できる場合を相殺禁止の対象から除外することとする場合には、破産者が当該契約に基づいて受けた給付について費消・隠匿等の意図を有していた場合の取扱いを検討する必要があると考えられる。この点については、破産者の有する債権の処分が適正価格による場合であっても否認の対象となり得るかという問題と密接に関連するが、否認権の要件においてこの点を解釈に委ねることとするのであれば、この場面でも同様に解さざるを得ないと考えられる。また、相殺の場合には、否認権の場合とは異なり、破産者の債務者が期限前弁済等債務の履行として金銭等の給付をしたのと同様の経済的実質を有する場合が想定され、このような場合には金銭等の使途を問題とすべきではないとの価値判断もあり得るのではないかと考えられる。以上の点を考慮すると、この点については解釈に委ねる(仮に、この場合の相殺を禁止するという解釈をとる場合には、不動産等の適正価格による売却等の否認の規定を類推適用することになると考えられる。)ことで、どうか。

3 <5>について
<5>は、 A案と同様、<2>又は<4>の適用に関して支払の停止による支払不能の推定規定を置いたものである。これにより、支払の停止の後に債権・債務の対立関係が生じた場合であっても、破産債権者がその当時支払不能でなかったことを証明した場合には、相殺権の行使が認められることとなる。(相殺禁止の範囲の見直し関係後注)
1 現在の金融実務等は、相殺の担保的機能に対する信頼に依拠しているところが大きく、相殺禁止の範囲を支払不能によって画することとした場合の影響は、偏頗行為の否認の範囲を支払不能によって画する場合のそれとは比較にならないとの指摘があること等を考慮して、相殺禁止の範囲については、現行法どおり支払の停止等によって危機時期を画することとする考え方についても、なお検討するものとする。
2 A案又はB案を採用する場合には、民法第398条ノ3第2項における危機時期の見直しの要否について検討する必要がある。