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【第三次案】第3部 倒産実体法

第1 法律行為に関する倒産手続の効力

1 賃貸借契約等
(1)賃借人の破産
賃貸人の解約の申入れ等を定めた民法第621条の規定は、削除するものとする。

(2)地上権者又は永小作権者の破産
民法第276条(同法第266条において準用する場合を含む)の規定中、永小作権者(地上権者)が破産手続開始の決定を受けた場合の消滅請求に関する部分(「又ハ破産ノ宣告ヲ受ケ」)を削除するものとする。

(3)賃貸人の破産
ア 破産管財人の解除権
<1> 破産法第59条の規定は、賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約についてには、相手方が当該権利について登記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えているときは、適用しないものとする。
<2> <1>の場合において相手方が有する請求権には、財団債権とするものとする(破産法第47条第7号参照)。

(注)
1 再生手続及び更生手続においても、同様の手当てを行うものとする。
2 <1>及び<2>の考え方は、特許権についての通常実施権(特許法第99条参照)、商標権についての通常使用権(商標法第31条第4項参照)等第三者に対抗することができる権利を目的とするライセンス契約におけるライセンサーの破産についても適用されることになる。

イ 賃料債権の処分及び賃料の前払の取扱い
賃料債権の譲渡等の破産手続における効力の制約を定めた破産法第63条(会社更生法第68条及び民事再生法第51条において準用する場合を含む。)の規定は、削除するものとする。

ウ 賃料債権を受働債権とする相殺の取扱い
(1)破産手続
賃料債権を受働債権とする相殺の制限を定めた破産法第103条の規定は、削除するものとする。

(2)更生手続及び再生手続
更生手続における賃料債権を受働債権とする相殺の取扱い(会社更生法第48条第2項参照)については、次のとおりとし、再生手続(民事再生法第92条第2項参照)においても同様の手当てをするものとすることで、どうか。

【A案】
<1> 更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が賃料債務であるときは、更生債権者等は、更生債権等の届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき賃料債務について、相殺することができないものとする。ただし、敷金があるときは、更生債権等の届出期間の満了後にその弁済期の到来すべき賃料債務についても、敷金の額に相当する額[(債権届出期間満了までに相殺に適することとなる更生債権等の額から更生手続開始後更生債権等の届出期間満了までの間に弁済期の到来すべき賃料債務の額を控除した額を超えない額に限る。)]に限り、相殺することができるものとする。
<2> 更生債権者等が、更生手続開始後、更生債権等の届出期間満了までの間に弁済期の到来すべき賃料債務をその弁済期に現に弁済したときは、更生債権者等が有する敷金返還請求権は、その弁済額の限度において、共益債権とするものとする。

【B案】
<1> 更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が賃料債務であるときは、更生債権者等は、更生手続開始後にその弁済期が到来すべき賃料債務については、更生手続開始から6月間の賃料[債務]に相当するものに限り、相殺することができるものとする。
<2> 更生債権者等が、更生手続開始後にその弁済期が到来すべき賃料債務について、更生手続開始から6月間の賃料[債務]に相当する賃料債務をその弁済期に現に弁済したときは、更生債権者等が有する敷金返還請求権は、その弁済額の限度において、共益債権とするものとする。

(注)
1 第29回会議の審議では、債権届出期間の満了までの間の弁済期の到来によって受働債権となる賃料債務の範囲を画し、かつ、敷金がある場合にはその範囲を拡張するとする部会資料38の<1>の考え方については、おおむね賛意がが示された。もっとも、敷金がある場合の相殺範囲の拡張については、実体法上敷金返還請求権に優先権が与えられていない中で、このような敷金の存在を契機とする相殺範囲の拡張を再建型手続において行うことが十分に根拠付けられるかという疑問も呈された。さらに、一定の範囲で敷金返還請求権の共益債権化を図る部会資料38<2>の考え方に対しては、共益債権化の根拠付け、趣旨の不分明さ、事業等の再生への支障の懸念等の疑問が投げかけられた。他方、敷金返還請求権に実体法上優先権が与えられていないとはいえ、その性質に照らし、特に倒産の局面においてその保護の必要性が高いことも強調された。そこで、【A案】では、このような敷金返還請求権に対する保護の要請が強いことを重視し、また、敷金の当然充当の法理を通じ、質料債務の不履行によって敷金返還請求権の実質的な回収を図るという行動が見受けられる中、このように現実の支払を共益債権化の要件とすることは賃料債務の履行のインセンティブを作出し、再建の実務にとっても、キャッシュ・フローを確保できるという効用があって、プラスとなる面があり、共益債権とする契機を見出し得ることをも加味して、部会資料38<1>の考え方に加え、同<2>の考え方をも採用する考え方を示しているが、どうか。

2 もっとも、【A案】のような考え方に対しては、第29回会議の審議において、敷金がある場合に受働債権となる賃料債務の範囲を拡張し、かつ、一定範囲で現に賃料債務を弁済したときはその弁済額の範囲で敷金返還請求権の共益債権化を認めると、敷金を契機とする「二重の保護」が生じ、問題ではないかとの指摘がされた。弁済期に現に弁済をした場合の敷金返還請求権の共益債権化を認めると、自働債権を有する賃借人は、ある貸料債務について、受働債権として相殺に供するか、現に弁済をして敷金返還請求権の共益債権化を図るかの選択肢を有することになる。ある賃料債務について相殺に供し、かつ、敷金返還請求権の共益債権化を図るということはできず、その意味で、「二重に保護」を受けることはできない。しかし、敷金返還請求権の共益債権化が、同じく敷金を差し入れていながら、(ア)本来的に相殺に供せる受働債権に相応する分を超えて自働債権を有する賃借人は、<1>ただし書による受働債権の範囲の拡張という「利益」を受けることができるのに対し、(イ)自働債権を有しない賃借人や、ただし書による拡張と相応する自励債権を有しない賃借人は、なんら敷金差入れに伴う 「利益」を受けることができないことの不公平を問題にし、(イ)の賃借人にてついて、本来的に相殺に供せる受働債権の範囲において保護を図る趣旨に出るものであるとすると、これにより、(ア)のうちただし書による拡張の全部に相応するには至らない自働債権を有する賃借人が自働債権の範囲を超えて、また、(イ)のうち自働債権を有する賃借人が「本来的に相殺に供せる受働債権の範囲」を超えて、「利益」を受けることが可能となるという問題がある。
例えば、債権届出期間中に弁済期の到来する賃料債務が、3月分、敷金相当額が1 0月分という賃借人甲、乙、丙、丁があり、甲は弁済期の到来している債権(自働債権)を有していないが、乙は賃料の1月分に相当する(自働)債権を、丙は賃料の8月分に相当する(自働)債権を、丁は賃料の 1.4月分に相当する(自働)債権を、それぞれ有しているという場合、相殺だけであれば、最大限 (すなわち、相殺一般のルールによれば、債権届出期間満了後に弁済期の到来する賃料債務について相殺が可能であるとの解釈をとる限り)、甲は0、乙は1月分、丙は8月分、丁は13月分について、賃料債務を相殺し、その分について現に弁済せずに賃貸目的財産を使用収益できる。これに対し、一定範囲の賃料債務を現に弁済したときの敷金返還請求権の共益債権化をもちこむと、賃借人は、相殺に供するか現に弁済することを選ぶことができ、したがって、例えば、乙は、債権届出期間に弁済期の到来する賃料債務については全額現に弁済期に支払うこととし、敷金がある場合の拡張を利用して、債権届出期間満了後に弁済期の到来する1月分を相殺に供し、共益債権化とあわせて、結局、4月分の「利益」を得ることができる。同様に、丙は11月分(=3月分の共益債権化+8月分の相殺)の「利益」を得ることができる。この例の丙のように自働債権の範囲を超えて「利益」を受ける、あるいは、乙のように、「本来的に相殺に供し得る受働債権の範囲」を超えて、「利益」を受けるという、賃借人の敷金の存在による「二重の恩恵」がここでの問題の本質であると考えられる。
このような「二重の恩恵」を認めるべきではない、とすると、その対策としては(a)相殺との間の選択を認めず、相殺の可能性がない場合にのみ、共益債権化を認める、(b)選択は認めるが、<1>ただし書により受働債権の範囲が拡張される場合、相殺しかたかったときに相殺に供すことのできるはずだった受働債権の範囲を超えることはできないこととする、等の方策が考えられる。しかし、ある賃料債務について相殺の受働債権とせずに、現に弁済をしてその分の敷金返還請求権の共益債権化を図ることは、更生会社等にとっても上記のメリットがあり、賃借人がそれを選択する余地をおよそ否定すべき理由に乏しいと考えられる。そこで、<1>でには(b)の考え方をとり、敷金がある場合に、敷金相当額の範囲で受働債権となる賃料債務の範囲が拡張されるとしても、それは、「債権届出期間満了までに相殺に適することとなる当該更生債権等の額(=自働債権の額)から更生手続開始後更生債権等の届出期間満了までの間に弁済期の到来すべき賃料債務の額を控除した額を超えない額」に限られることとし、これにより、敷金相当額の拡張において、もともと相殺に用いることのできた受働債権の範囲を広げることはできないこととしている。
もっとも、敷会返還請求権の共益債権化は、自働債権が全く又は十分にないために、敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張の利益を受けることができない賃借人に、一定範囲の敷金の保護をもたらすという趣旨に出るものであるとすると、それ以外の賃借人が追加的な保護を受けることを否定するまでのことはなく、したがって、このような「二重の恩恵」を封じる方策を設ける必要はないとも考えられる。【A案】の考え方による場合、この「二重の恩恵」の点について、どのように考えるか。

<敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張と共益債権化との関係での調整>
設例:
債権届出期間中に弁済期の到来する賃料債務が3月分、敷金相当額が10月分自働債権となるべき債権が、 甲:0、乙:1月分、丙:8月分、丁:14月分現行法上敷金相当額までの賃料債務の相殺が可能であるとの解釈を前提とする。

 


本来的な範囲で相殺できる受働債権の範囲(ア) 敷金がある場合の拡張の範囲で相殺できる受働債権の範囲(イ) 相殺できる受働債権の範囲(ア)+(イ) 共益債権化できる範囲(()内は相殺と選択可能な範囲)(ウ) 共益債権化のために本来的な範囲の賃料債務を弁済したときに拡張範囲で相殺できる受働債権の範囲(エ) 共益債権化と相殺とに供すことのできる賃料債務の範囲(ウ)+(エ)
0
0
0
0
3(0)
0
3
1
1
0
1
3(1)
1
4
8
3
5
8
3(3)
8
11
14
3
10
13
3(3)
10
13

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3(1) [A案]及び部会資料38の<1>本文の考え方をとると、現行法ほどではないものの、債権届出期間の定め方及び賃料債務の支払に関する約定により、相殺可能な受勘債権の範囲が左右される。例えば賃料月払のときは、債権届出期間の長短により、相殺可能な賃料債務の範囲はゼロ、1か月分、2か月分、3か月分、4か月分のいずれかとになる。他方、賃料年払のときは、約定の弁済期が債権届出期間内かどうかにより、相殺可能な賃料債務の範囲はゼロか12か月分かのいずれかとなる。さらには、敷金返還請求権の共益債権化を認めることとする場合、【A案】ではこの範囲を<1>本文により相殺可能な範囲によって画しているので、共益債権化が可能な範囲もまた、これにより左右されることとなる。)
このような法律関係の差は、相殺一般が債権届出期間によって画されていること、及び、月払‐年払という賃料支払方法及び各弁済期は契約の定めに由来するものであることから、やむを得ないと考えることもできる。しかし、この点については、第29回会議の審議において、「当期及び次期」による範囲画定をしないとことに関し、契約当事者間の合意に左右されないような記述、一律の取扱い、「一定の制約」ではなく「一定の調整」、利害関係人の間になるべく不公平が生じないような考え方といった点が述べられており、一律の範囲画定を行うべきではないかとも考えられる。

(2)また、敷金がある場合に相殺の受働債権の範囲を敷金相当額の範囲分拡張するという【A案】<1>ただし書の考え方は、会社更生法第48条第2項及び民事再生法第92条第2項で準用される現行破産法第103条第1項後段の規律を維持するものであるが、 同項後段に対しては、敷金返還請求権の法的性質等の理解の変遷とあいまって、現在では、その制度趣旨が必ずしも明らかではなく、その相殺拡張の根拠について明快な説明をするのは困難ではないかとの指摘もされている。
すなわち、まず、その制度趣旨に関しては、敷金の保護(敷金返還請求権を有する賃借人の保護)であるとすると、自働債権の有無という偶然的な事情に依拠して、自働債権を一定範囲以上有している賃借人のみの保護を図るのは、かえって、等しく敷金返還請求権を有する賃借人間の公平・平等を害するとの指摘がある。また、その制度趣旨は相殺の期待の保護であるととらえることもできるが、それが、相殺を通じて更生計画によらない優先的な満足を図る点で、自働債権についての相殺の期待の保護であるとすれば、自働債権と敷金との間には必然的な結びつきがなく、敷金自体は別途返還請求権が認められるにもかかわらず、そのような自働債権にこついての相殺の期待が、敷金があることによって保護されることをいかに説明するかという問題がある。相殺の期待の保護は、自働債権ではなく、受働債権の賃料債務の方にあるとすれば、敷金と賃料債務との結びつきの点から、敷金があることによる相殺の期待の保護(の回復)を根拠付けることが考えられるが、それは、結局のところ、敷金の保護(敷金返還請求権を有する賃借人の保護)に帰着するのではないかとも考えられる。
また、規律の内容に関しても、現行法の下でその帰結が必ずしも明らかではないとの指摘もされている。(a)この点【A案】では、本来の相殺可能な範囲に加えて敷金相当額の範囲を上限として相殺の受働債権とすることが可能であることを明示し、より明確化を図っている。もっとも【A案】の下でも、敷金相当額は敷金返還請求権の評価額を意味すると解されるが、敷金返還請求権は、判例の理解に即する限り、その具体的な発生時期もまたその額も不確定であって、さらにその額は将来の賃借人の行動によっても左右されるため、敷金相当額の具体的な金額を一律に確定することには相当の困難が予想され、結局、相殺可能な受働債権の範囲を明確に決めることはできないのではないかとの批判がある。(b)また、賃料債務の法的性質や再建型手続において条件付債務等につき条件不成就の利益ないし機会等を放棄して相殺することができるかは、現行法上明瞭ではなく、解釈の余地があることとの関係でも、敷金がある場合に受働債権として認められる範囲がどこまでかがはっきりしない点がある。すなわち、一般に、現行法は、賃料債務に相殺範囲の制約がされる中、敷金がある場合にはこの制約をその範囲ではずすものと説明されており、この説明からすると、敷金がある場合の相殺範囲の拡張は、相殺の一般ルールによるならば相殺が可能となる範囲を上限とすることになる。この結果、賃料債務が条件付債務ないし将来の請求権に関する債務であり、かつ、条件付債務等につき条件不成就の利益ないし機会等を放棄して相殺することは再建型手続においてはできないとすると、敷金がある場合の相殺の範囲は、債権届出期間満了までに弁済期の到来する賃料債務の範囲に限られることになる。このような理解にたっても、「当期及び次期」により受働債権となる賃料債務の範囲を画している現行法においては、債権届出期間が3か月以上にわたるような場合には、次々期以後の賃料債務で債権届出期間満了までに弁済期が到来し、したがって、その範囲で敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張を受ける場面が存在し得る。これに対し、【A案】のように、債権届出期間満了後にて弁済期の到来する賃料債務についてのみ敷金がある場合の相殺範囲の拡張が働くという規律にした場合には、上記のように、賃料債務が条件付債務ないし将来の請求権に関する債務であり、かつ、条件付債務等につき条件不威就の利益ないし機会等を放棄して相殺することは再建型手続においてはできないとされるときは、敷金があることによる相殺範囲の拡張は一切働かないということになりかねない。したがって、【A案】の考え方をとる場合は、このようなときを含めて、相殺一般のルールによって認められ得る範囲を超えて相殺を認める規律であると解することになるのではないかと考えられるが、そうすると、規定の趣旨は敷金の保護に求めることとなり、保護のあり方の適否が改めて問われる余地もある。

(3)そこで、以上の(1)及び(2)の【A案】についての指摘及び倒産の局面において、敷金返還請求権を一定範囲で保護すべきであるとの政策判断を踏まえ、【B案】では、(i)約定の定め方や債権届出期間に左右されることなく、画一的に、一定月数によって、相殺可能な範囲を画することとし、(ii)敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張という現行法の規律に代えて、敷金返還請求権を有する賃借人の、敷金との直接の関連性に基礎を置いた形で、かつ、自働債権の有無により保護の範囲にそれほど差の生じないような形での保護として。(i)の範囲の賃料債務を、現に弁済したときは、その弁済額の範囲で敷金返還請求権の共益債権化を図るという考え方を、示している。約定の定め方や債権届出期間に左右されることなく一定範囲で相殺を認めるとの考え方に出る以上【B案】でにはこの一定月数の範囲では、相殺を認めることとし、したがって、債権届出期間満了後の将来分の賃料債務についても相殺が認められ、相殺一般の規律の理解いかんでは、それによるよりも相殺の受働債権の範囲が拡大する可能性もあることとなる(「一定の調整」という考え方)。

(4) 【B案】による場合には、相殺可能な受働債権の範囲かつ敷金返還請求権の共益債権化が可能な範囲をいかに画するかが問題となる。【B案】は、敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張という現行法の規律には疑問もあるとの指摘を踏まえて、これを敷金返還請求権の直接的な保護を図る規定によって代えるという考え方をとるものであるが、現行法の規律を廃止することにより、自働債権を有していた賃借人の保護が、現行法より後退する可能性も生じ得る。そこで、この点に配慮をする必要があり、具体的には、時期の画し方の点で、現行法上保護を受け得る可能性のあった賃借人が不当に不利益を被ることのないように、一定範囲を画する必要がある。(a)賃料は一般に月払と考えられ、現行法の「当期及び次期」によれば、2か月となること。(b)債権届出期間は最大4月であり、これにより画するならば4か月が最大となること、(c)現行法上、相殺の一般ルールの解釈いかんという面はあるものの、敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張を通じて4か月を超えて相殺が認められる可能性もあること、さらに(d)営業用の賃貸借においては、多額の敷金が差し入れられる例も少なくないこと等を考慮し、他方で(e)事業の再建への支障についての懸念を勘案すると、一定範囲としては、6か月程度が適切ではないかと考えられる。

(5)範囲の画し方については、また(7)賃料月払の場合に、更生手続開始後6か月分に相当する賃料債務により範囲を画するとすると、約定との対応でこの6か月分を認める(手続開始時を含む当月分に加えそれに続く5か月分とする。)のか、それとも、約定との対応とは切り離して6か月分を計算するのかの問題がある。(イ)【B案】は、更生手続開始後一定期間分の賃料債務によって範囲を画する考え方を示している。この考え方によれば、例えば、当該賃料に相当する債務がすでに手続開始前に弁済されているような場合(弁済期前に支払われている場合や、対応する使用収益との関係で前払の約定になっておりそれに従って更生手続開始時の期の分の賃料がすでに支払われている場合などがある。)には、その分は相殺に供することはできず、共益債権化も図ることができないことになり、賃料支払の状況により、一定期間分が相殺等との関係で常に確保されることまで保障されるわけではない。これに対し、一定期間分は、相殺可能な額の計算基準を示すものとし、更生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務で、未払の賃料債務については、それがどの時点の使用収益に対応するものかを問うことなく、一定期間分の資料債務相当額の範囲で相殺等を認めることとする(どの期間の使用収益に対応するかは、弁済充当の問題となる。)との考え方もあり得る。

(6)このほか、債権届出期間や約定の定めにかかわらず、手続開始後一定期間に相当する賃料債務については、相殺に供することができ、また、その分は、手続開始後に現に弁済することにより、その弁済額において、敷金返還請求権の共益債権化を図ることができるものとする場合(【B案】)には、その一定期間分の賃料債務の弁済期が債権届出期間の満了後に到来することとなるときの取扱いが問題となる。この点、一定期間分を、更生手続開始後6か月程度とする限りは、賃料が月払の場合には、債権届出期間満了後に弁済期が到来するものも、せいぜいのところ債権届出期間満了後2、3か月程度であろうし、敷金返還請求権は上限が決まっており、また共益債権となる上限も決まっている以上、共益債権となる額、ひいては更生債権となるべき額が、具体的に定まるまでにこの程度の期間の経過を要することとなっても、更生計画の策定にさして支障とはならないと考えられる。したがって、相殺については債権届出期間満了までの意思表示を要するとしても、敷金返還請求権の共益債権化に関しては、債権届出期間満了までに弁済することを要求するまでの必要はなく、弁済期に現に弁済すれば足りるものと考えられる。
もっとも、賃料が年払で、かつ年未払(対応する使用収益との関係で後払)であるような場合には、本来の弁済期まで待つとするとかなりの期間を要し、更生計画の策定に支障が生ずるおそれがある。そこで、このような場合には、弁済期前の一部弁済を認めることとし、現に弁済をしたときは、敷金返還請求権の共益債権化を認めるものとすることが考えられる。

4 【A案】及び【B案】のほか、特に上記3(1)の問題を重視して、【A案】をベースとしつつ、約定の定め方や債権届出期間に左右されることなく、画一的に、更生手続開始後の一定月数の賃料債務にこよって、相殺可能な基本的範囲及び敷金返還請求権の共益債権化が可能な範囲を画するという考え方もあり得る(【A案】の修正版)。この場合、敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張という規律を維持する以上、一定期間については、【B案】と異なり、例えば4か月又は2か月とすることが考えられる。また、これは、約定の定め方や債権届出期間に左右されることなく一定範囲で相殺を認めるとの考え方に出るものであるから、この一定範囲の賃料債務の中に債権届出期間満了後に弁済期の到来する賃料債務がある場合、それについても相殺が認められ、相殺一般の規律の理解いかんでは、相殺一般の規律によるよりも相殺の受働債権の範囲が拡大する可能性もあることとなる。また。この考え方によれば、敷金返還請求権の共益債権化の要件となる弁済が、債権届出期間満了後に弁済期の到来する賃料債務について行われる可能性があり、この場合に、弁済の時期等をめぐって、【B案】と同様の問題が生じ得るので、この点についての規律を検討する必要がある(上記3(6)参照)。

5 以上を踏まえ、更生手続及び再生手続における賃料債権を受働債権とする相殺の規律が敷金返還請求権を一定範囲で共益債権とする考え方及びその具体的な内容(要件)について、どのように考えるか。

2 請負契約
(1)注文者の破産
民法第642条第1項の規定により破産管財人が契約の解除をしたときは、請負人は、同条第2項に規定する損害の賠償につき破産債権者としてその権利を行うことができるものとする。

(2)請負人の破産
請負人の仕事完成義務に関する破産管財人の権限等を定めた破産法第64条の規定は、削除するものとする。

3 相場がある商品の取引(一括清算ネッティング条項)
破産法第61条については、次のとおりとするものとする。
<1> 取引に所の相場その他の市場の相場[又はこれに準ずる市場の相場]がある商品の取引に係る契約であって、その取引の性質上一定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができないものについて、その時期が破産手続開始後に到来すべきときは、当該契約は、解除されたものとみなすものとする。
<2> <1>の場合において、損害賠償の額は、履行地又はその地の相場の標準となるべき地における同種の取引であって同一の時期に履行すべきものの相場と当該契約における商品の価格との差額によって定めるものとする。
<3> 破産法第60条第1項の規定は、<2>の損害賠償について準用するものとする。
<4> <1>又は<2>に定める事項につき、当該取引所又は市場における別段の定めがあるときは、その定めに従うものとする。
<5> <1>の取引を継続して行うためにその当事者間で締結された基本契約において、その基本契約に基づいて行われるすべての<1>の取引に係る契約につき生ずる<2>の損害賠償債権又は債務を差引計算して決済する定めをしたときは、請求することができる損害賠償の額の算定については、その定めに従うものとする。

(注)
1 再生手続及び更生手続においても、<1>から<5>までと同様の手当てを行うものとする。

2 <1>の「取引所の相場その他の市場の相場がある商品の取引に係る契約」についてには特に、通常の商品取引や、不動産取引、中古車取引なども含まれ得ることになって、適切な範囲画定ではないのではないかとの疑問が呈されている。
この点、破産法第61条は、定期行為である売買・確定期売買のうち、特に「取引所の相場がある商品の売買」について、破産手続開始による当然の解除(擬制)と差額決済を定めるものであり、このような特則は、「取引所の相場がある商品の売買」であるという性質に由来する。また、定期行為性の要件も、「取引所の相場がある商品の売買」であれば、ほぼ自動的に要件をみたすと一般的に説明されており、この点でも、61条の中核的要件は「取引所の相場がある商品の売買」という取引の性質であり、また、定期行為性の要件も、当事者の個別具体的な事情を基礎とする定期行為性ではなく、「取引所の相場がある商品の売買」であるという取引の性質から定期行為性が認められるようなものを指すと考えられる。
そして、「取引所の相場がある商品の売買」の特徴は(a)激しい価格変動にさらされる可能性があること、(b)その中にあって、需給を統合し客観的かつ公正に価格を形成する「場」が存在すること、(c)(b)の「場」を通じて代替取引が可能であることにあると考えられる。そして、現在の取引状況においては、このような特徴を有する取引の場は、その開設につき免許等を受けた法人である「取引所」が開設する有価証券等の市場にとどまらず、店頭有価証券市場等へと拡大している。<1>は、このような取引の拡大にかんがみ、「取引所の相場」(がある商品の売買)を代表例として、それと同様に上記(a)~(c)の特徴を有する取引を抽出する概念として【取引所の相場その他の市場の相場」(がある商品の取引)を用いている。
通常の商品取引、不動産取引、中古車取引が、<1>の対象となり得るかは、それらの取引が、上記(a)~(c)の特徴を備えているか次第であり、一般論としては、仮に、これらの取引がこれらの特徴を備えるのであれば、排除すべき理由はないと考えられる。もっとも、これらの取引の場合、ネット・オークションのような形で需給の統合が図られ、それが価格に反映され、客観的かつ公正な価格形成機能の発現が認められるとしても、その一方で、不動産の単純な売買のような場合(個別具体的な当事者の事情によるのではなく、取引の性質上)定期行為性の要件をみたすかは疑問であり、この要件の点から上記<1>の対象とはならない可能性が高いと考えられる。
以上のように、不動産取引等が含まれ得ることになり適切ではないのではないかとの疑問に対しては、第1に、 「取引所の相場その他の市場の相場がある商品の取引に係る契約」の趣旨は、「取引所の相場」に代表される、価格の変動が激しい中、客観的かつ公正に価格の形成されるし「商品」の取引である点にあること、第2に、定期行為性の要件もそのような取引の性質上定期行為性が認められる必要があると考えられることの2点において、対応されるものと考えられる。そして、この趣旨をより明確にするために、 一方で(ア)「取引所の相場又はこれに準ずる市場の相場~」とする(イ)中核は公正な・価格形成であることから、「取引所の相場又はこれに準ずる公正な市場の相場~」「取引「所の相場その他公正な市場の相場~」とする(ウ)「有価証券の売買その他の取引」として有価証券の売買を取引の例示とする、「有価証券その他の商品~」として有価証券を商品の例示とするなどが、他方で、定期行為性の要件に関し、「その取引の性質上」としてその内容を明確化することなどが考えられる。
もっとも(ア)に対しては、平成6年の商法改正において、店頭登録様式の店頭売買取引を想定して「(取引所ノ相場)二準ズル相場アル株式」「(取引所二於テスル取引)二準ズル取引」が規定されており(商法旧第210条ノ2第8項)(ア)の表現を用いた場合には、店頭登録株式等の店頭売買取引等に限定されるとの解釈がされるのではないかとの懸念がなくはない。また(イ)に対しては、「相場」が客観的かつ公正な価格形成の発現であるという概念整理をする以上、公正さは「相場」概念(「取引所の相場」を代表例とする「市場の相場」概念)に含まれており、「公正な」という限定は、かえって、公正でない、市場の相場があることを前提とすることになって、適切ではないと考えられる。また、(ウ)に対しては、もともと「商品」には金融商品も含まれるという想定であるが、このような例示によって、有価証券指数等先物取引などの指数変動等に基づいて金銭の授受を約する取引等が排除されることにならないかが懸念される。

3 上記2のように、上記(a)~(c)の特徴を有する取引を抽出する概念として、「取引所の相場その他の市場の相場がある商品の取引に係る契約」という要件を設定するのだとすると、デリバティブ取引の場合には、標準規格品的なものばかりではなく、テイラーメイドでの取引も少なくなく、このようなものについて、(b)のような「場」が存在するか、(c)のように代替取引の可能性が存在するかが問題となる。まず(b)については、力点は、客観的かつ公正な価格形成機能の発現としての「相場」の存在にあり、「場」はそのような客観的かつ公正な価格形成を保障するものと考えられるから、例えば「高い信用を有し、同一都市に事務所のあるディーラー4社に損害額を算定してもらい、、たとえば4社以上の算定が出れば最高値と最低値を切り捨てたその平均値を損害額とする」といった算定の方法が一般的に当該取引界で採用されている場合、それが、客観的かつ公正な価格形成機能を営むのであれば(b)の特徴を備えるものと考えられる。次に、(c)についても、客観的かつ公正な「再構築価格」が算出できるということは、その限りで「再構築」の可能性が存在することを示しており、そのように(b)の特徴を備える形で、再構築価格を算出できるものであれば、代替取引性の点で問題視されないと言ってよいのではないかと考えられる。

4 継続的給付を目的とする双務契約
継続的給付を目的とする双務契約において、給付を受ける者が破産した場合の取扱いについてには 次のとおりとするものとする(会社更生法第62条、民事再生法第50条参照)。
<1> 破産者に対して継続的給付の義務を負う双務契約の相手方は、破産手続開始の申立て前の給付に係る請求権について弁済がないことを理由としては、破産手続開始後は、その義務の履行を拒むことができないものとする。
<2> <1>の双務契約の相手方が破産手続開始の申立て後破産手続開始前にした給付に係る請求権(一定期間ごとに債権額を算定すべき継続的給付については、申立ての日の属する期間内の給付に係る請求権を含むものとする。)は、財団債権とするものとする。
<3> <1>及び<2>は、労働契約には、適用しないものとする。

第2 各種債権の優先順位

1 租税債権
(1)破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税債権
<1> 破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税債権(国税徴収法又は国税徴収の例により徴収することのできる請求権をいう。)であって、破産手続開始の決定の日以後又はその前1年以内に納期限が到来するものは、財団債権とするものとすることで、どうか。
<2> <1>以外のものについては、優先的破産債権とするものとする。

(注)
<1>の要件に該当しない租税債権を優先的破産債権とすることとする場合には、破産手続上の配当において、租税債権間の優先順位を定めた差押先着手主義(国税徴収法第12条)及び交付要求先着手主義(同法第13条)の適用の可否について検討する必要が生ずる。
このうち、差押先着手主義については、(a)破産手続開始決定後は滞納処分による差押えを禁止するものとし、(b)破産手続開始前に滞納処分による差押えがされている場合には、その手続の続行を許すものとしているから、そもそもこの規律を適用すべき場面が存在しないのではないかと考えられる。
これに対して、交付要求先ち着手主義については、破産手続も「強制換価手続」に該当するものと解し、優先的破産債権の届出を交付要求の方式で行うこととすると、特段の手当てをしない限り、届出が早い租税債権が他の租税債権に優先することになるものと考えられる。
交付要求先着手主義は、徴税に熱意を有する租税債権者を優先させ、按分弁済をしないことによる計算の簡易化を図ったものであるとされているが、破産者の全財産を換価して配当する破産手続において、届出が早い租税債権者に換価代金の全額につき優先的な地位を付与することが相当かという問題があり、また破産手続において交付要求先着手主義をとることが手続の迅速化に資するといえるかどうかについても疑問が残るところである。
上記のような点を考慮して、破産手続における配当においては、交付要求先着手主義は適用しないものとすることで、どうか。

(2)(1)の租税債権の破産手続開始後に生ずる附帯税
(1)により財団債権となる租税債権につき破産手続開始後に生ずる延滞税、利子税又は延滞金は財団債権とし、(1)により優先的破産債権となる租税債権につき破産手続開始後に生ずる延滞税、利子税又は延滞金は劣後的破産債権とするものとする。

(注)
附帯税のうち、各種の加算税については、罰金等と同様に、その発生時期に関わりなく劣後的破産債権とするものとすることで、どうか。

(3)破産財団に関して破産手続開始後の原因に基づいて生ずる租税債権
<1> 破産財団に関して破産手続開始後の原因に基づいて生ずる租税債権は、破産財団の管理、換価及び配当に関する費用の請求権(破産法第47条第3号参照)に該当すると認められるものに限り、財団債権とするものとする。
<2> <1>以外のものについては、劣後的破産債権とするものとする。

2 労働債権
(1)破産手続開始前の未払の給料債権及び退職手当の請求権
破産手続開始前の未払の給料債権及び退職手当の請求権については、次のとおりとすることで、どうか。
<1> 破産手続開始前3月間に生じた給料債権は、財団債権とするものとする。
<2> 破産手続の終了前に退職した破産者の使用人の退職手当の請求権は、退職前3月間の給料の総額に相当する額を財団債権とするものとする。ただし、破産者の使用人が破産手続開始後に退職した場合において、退職前3月間の給料の総額が破産手続開始前3月間の給料の総額より少ないときは、破産手続開始前3月間の給料の総額に相当する額を財団債権とするものとする。
<3> <2>の退職手当の請求権が定期会債権であるときは、<2>の退職手当の請求権は、次の(a)又は(b)に定める額とするものとする。
(a)定期金の金額及び存続期間が確定しているもの 各期における定期金の合計額から、各期における定期金のうち劣後的破産債権となる部分(破産法第46条第7号参照)を控除した額
(b)定期金の金額又は存続期間が不確定であるもの 退職時における評価額

(3)労働債権に対する弁済の許可
<1> 優先的破産債権となる給料債権又は退職手当の請求権(以下「給料債権等」という。)について届出をした破産債権者が、その破産債権の弁済を受けなければ、その生活の維持を図るのに困難を生ずるおそれがあるときは、裁判所は、最初の配当の許可があった日までの間、破産管財人の申立てにより又は職権で、その弁済をすることを許可することができるものとする。
ただし、その弁済により財団債権を有する者及び先順位又は同順位の他の優先的破産債権を有する者の利益を害するおそれがないときに限るものとする。
<2> 破産管財人は、<1>の給料債権等を有する破産債権者から<1>の申立てをすべきことを求められたときは、直ちにその旨を裁判所に報告しなければならないものとする。この場合において、破産管財人は、その申立てをしないこととしたときは、遅滞なく、その事情を裁判所に報告しなけれいばならないものとする。
<3> <1>により弁済を受けた破産債権者は、同順位の他の優先的破産債権者が自己の受けた弁済と同一の割合の配当を受けるまでは、破産手続により配当を受けることができないものとする。

3 その他の各種債権
(1)無利息債権の期限までの中間利息分
破産手続開始後に期限が到来すべき確定期限付債権で無利息のものについては、破産手続開始の時から期限に至るまでの期間の年数(その期間に1年に満たない端数があるときは、これを切り捨てるものとする。)に応じた債権に対する法定利息の額に相当する部分を劣後的破産債権とするものとする。

(2)合意による劣後債権(劣後ローン)
ア 破産手続
<1>債権者と債務者との間において、破産手続における配当の順位につき破産法第46条各号に掲げる債権(劣後的破産債権)に後れる旨の合意がされた債権は、同条各号に掲げる債権に後れるものとする。
<2> 破産債権者は、<1>の合意がされた債権については、議決権を有しないものとする。

イ 再生手続
<1> ア<1>の合意がされた債権(以下「約定劣後債権」という。)について、届出がされ、又は認否書に記載がされた場合には、再生計画においては、ア<1>の合意における権利の順位を考慮して、再生計画の条件に公正かつ衡平な差を設けなければならないものとする。
<2> <1>に規定する場合には、再生計画案の決議は、<3>の場合を除き、再生債権(約定劣後債権を除く。)を有する者と約定劣後債権を有する者とに分かれて行うものとする。
<3> 再生債務者が再生手続開始の時においてその財産をもって約定劣後債権に優先する債権を完済することができない状態にあるときは、約定劣後債権を有する者は、議決権を有しないものとする。

(注)
更生手続と同様に権利保護条項(会社更生法第200条参照)を設ける等、再生手続においても、原則として一般の再生債権と約定劣後債権とを組分けすることに伴う所要の整備をするものとする。

ウ 更生手続
<1> 更生計画においては、次に掲げる権利の順位を考慮して、更生計画の内容に公正かつ衡平な差を設けなければならないものとする(会社更生法第168条第3項参照)。
(i)更生担保権
(ii)一般の先取特権その他一般の優先権がある更生債権
(iii)(ii)及び(iv)に掲げるもの以外の更生債権
(iv)約定劣後債権
(v) 残余財産の分配に関し優先的内容を有する種類の株式
(vi)前号に掲げるもの以外の株式
<2>更生計画案の決議は、原則として、<1>(i)から(vi)までに掲げる種類の権利を有する者に分かれて行うものとする(会社更生法第196条第1項参照)。
<3> 更生会社が更生手続開始の時においてその財産をもって約定劣後債権に優先する債権を完済することができない状態にあるときは、約定劣後債権を有する者は、議決権を有しないものとする(会社更生法第166条第2項参照)。

(約定劣後債権全体の注)
1 BIS規制との関係
意見照会においては、BIS規制との関係で疑義が生ずることを回避するため、再生計画又は更生計画の条項の内容として、約定劣後債権を他の債権に絶対的に劣後させる旨を規定上明確化すべきであるとの意見が寄せられたところであるが、会社更生法においては、債権と株式との間ですら絶対的な優先、劣後の関係を保障する規定ぶりとはなっておらず、この点を明確化することは困難であることからすると、一般の債権と約定劣後債権との間についてのみ、この点を明らかにすることはできないと考えられる。
もっとも、ここに掲げた考え方は、約定劣後債権について株式と同様の規律を設けているのであるから、絶対的な優先・劣後の関係を保障していないことがBIS規制上問題になるとは考えにくく、仮にこの点が問題であるというのであれば、株式についても同様の問題が存するはずであって、少なくとも、約定劣後債権固有の問題ではないと考えられる。
また、既存の劣後ローン契約では、絶対的劣後に反する支払は無効であり、支払を受けた債権者は、直ちに債務者に受領金を返還しなければならないものとされているが、このような特約の効力が否定されるいわれはないから、仮に、再生手続又は更生手続において、上位債権をカットするにも関わらず、約定劣後債権にも弁済することを内容とする計画が認可されたとしても、債権者は、再生債務者又は更生会社に対して弁済金の返還義務を負うことになり、結果的に、絶対的な優先・劣後の関係が保たれることになると考えられる。
したがって、上記のような特約がされていれば、手続上では絶対的な優先・劣後の関係が保障されないとしても、少なくとも、手続外では絶対的な優先・劣後の関係が保障されることになると考えられる。

2 既存の契約に関する問題点
ア 既存の契約が 「約定劣後債権」に該当するか。
現行の劣後特約は、一般の破産債権の破産手続開始後の利息及び遅延損害金にも劣後する前提で約定がされており、結果的にそれと同順位の劣後的破産債権全てに労後することが予定されているから、既存の契約に基づく劣後ローンも「破産法第46余各号に掲げる債権(劣後的破産債権)に後れる旨の合意がされた債権」に該当すると考えられる。

イ 破産手続において劣後的な取扱いをする旨の約定がされていれば、再建型の手続においても劣後的に取扱うものとすることに問題がないか。既存の契約では、破産手続と更生手続に関する取扱いのみを約定し、再生手続に関する取扱いについて触れていないものが相当数存在するが、ここに褐げた考え方によると、破産手続に関して劣後的な取扱いをする旨の約定がされていれば 再建型の倒産処理手続においても劣後的な取扱いをすることになる点が問題となる。
しかし、 B I S規制上資本として算入するためには、再建型を含む全ての倒産処理手続において劣後的な取扱いがされることが不可欠であり、当該契約における劣後化の趣旨がBIS規制における資本としての算入にあることは契約当事者のいずれも認識しているはずである。そうだとすると、再生手続に関する約定がされていない契約についても、契約の当事者の合理的意思解釈としては、再生手続が開始された場合には、当該債権につき劣後的な取扱いがされるという点については合意ができていると解するのが相当であると考えられる。
このような理解を前提にすれば、既存の契約のうち、再生手続に関する約定がないものにつき約定劣後債権としての取扱いをすることが契約の不利益変更に当たるということはないものと考えられるが、この点についてどのように考えるか。

ウ 既存の契約を前提とした現行の取扱いからの変更点につき問題となる点はないか。
ここに掲げた見直しをすることとした場合には、主として次の点で現行の取扱いを変更することになると考えられる。

(1)議決権の取扱い
現行の取扱いでは、倒産処理手続開始時における評価額で議決権の行使が認められることとなるが、評価額が0円でない場合には、一般の再生債権又は更生債権の組において議決権を行使することになる。これに対し、ここに掲げた見直しをした場合には、約定劣後債権者は、約定劣後債権の組において、当該債権額で議決権を行使することになる。

(2)再生計画又は更生計画における取扱い
既存の契約を文言どおりに解釈すると、約定劣後債権に優先する債権(以下「上位債権」という。)のみを基準とすれば債務超過ではない場合であっても上位債権者の同意の下に上位債権につき債権カットがされれば、約定劣後債権もその影響を受け、再生計画又は更生計画において弁済を受けられないことになるが、約定劣後債権に関する法律上の取扱いにおいては、この場合には、劣後ローン債権者は弁済を受け得ることになる。

(3)検討
ア 部会資料34では、既存の契約における停止条件付構成の取扱いを認めることとすると、既存の契約に基づく約定劣後債権については、これまでどおり、停止条件付債権として一般の再生債権又は更生債権の組に属することになる点の問題点を掲げていたが、既存の契約には、一般の債権と同じ組で取り扱うという点の合意までは含まれていないと考えられるし、仮にその点の合意がされた契約があったとしても、組分けに関する約定は効力を有しないものと考えられるから、この点は特段問題とならないと考えられる。
このような理解を前提とすると、今回の見直しにより、約定劣後債権については、一般の債権より下位の組で議決権を行使することになるわけであるが、現行法の下でも、裁判所の判断で約定劣後債権を一般の債権より下位の組とすることは可能であるから、結局、原則をどちらにするかという点を変更したに過ぎず、この点の取扱いの変更は問題がないと考えられる。
イ 次に「再生計画又は更生計画における取扱い」については、既存の契約における停止条件構成の約定がここに掲げた考え方よりも強い劣後性を認めたものであるとすると、この部分の約定を今回の見直しで無効にすることは困難であると考えるれる。そうすると、今回の見直しによっても、既存の契約に基づく劣後ローンについては、約定劣後債権に関する法律上の取扱いよりも不利に取り扱われることになる。
もっとも、既存の契約が真にここに掲げた考え方よりも強い劣後性を認めたものであるか否かについては検討の余地があるように思われる。
すなわち、既存の契約の文言解釈からすると、上位債権が確定債権額の全額の弁済を受けたことを停止条件としているのであるから、上位債権者の一人が計画において債権カットに同意した場合は停止条件が成就しないことになるが、この点に関する約定は、上位債権が計画によって強制的に債権カットされた場合には停止条件が成就しない旨を定めたに過ぎないのであって、上位債権者が自ら債権カットに同意したという場合については、いわば上位債権者が債権放棄をしたのと同視することができると考えられる。そうすると、上位債権者の同意に基づく債権カットは停止条件の成就を否定する事由にならないと解する余地も十分にあり得るように思われる。
そして、このような解釈がが可能であるとすると、既存の契約と約定劣後債権に関する法律上の取扱いとの間に甑饒は存しないことになると考えられる。ただ、いずれにせよ、この点は既存の契約の解釈問題として処理するほかはなく、仮に、既存の契約の当事者がここに掲げた考え方より強い劣後性を認めるものとして約定をしたものと解釈される場合には、他の約定劣後債権より不利益な取扱いを受けてもやむを得ないと考えられる。
以上の点について、どのように考えるか。

(3) 財団不足になった場合における財団債権の取扱い
<1> 破産財団が財団債権の総額を弁済するのに不足することが明らかになったときは、財団債権については、法令に定める優先権にかかわらず、まだ弁済していない債権額の割合に応じて弁済するものとする。ただし、財団債権について存在する留置権、特別の先取特権、質権及び抵当権の効力は、妨げないものとする。
<2> <1>本文の場合には、破産債権者の共同の利益のためにする裁判上の費用の請求権(破産法第47条第1号参照)並びに破産財団の管理、換価及び配当に関する費用の請求権(同条第3号参照)は、他の財団債権に先立って弁済するものとする。

(4)財団債権に基づく強制執行等の禁止等
<1> 破産手続開始の決定があったときは、破産財団に属する財産に対する財団債権に基づく強制執行、仮差押え若しくは仮処分、企業担保権の実行、一般の先取特権による競売又は国税徴収法若しくは国税徴収の例による滞納処分(交付要求を除く。)の手続は、することができないものとする。
<2> 破産財団に属する財産に対して既にされている財団債権に基づく強制執行、仮差押え若しくは仮処分、企業担保権の実行又は一般の先取特権による競売の手続は、破産財団に対してはその効力を失うものとする。ただし、破産管財人において破産財団のために強制執行又は一般の先取特権による競売の手続を続行することを妨げないものとする(破産法第70条第1項参照)。

(注)
破産手続開始前に国税徴収法又は国税徴収の例による滞納処分(交付要求を除く。)ががされている場合には、現行法と同様、その処分の続行を妨げないものとする。

第3 多数債務者関係

<1> 複数の各自全部の履行をする義務を負う者の全員又はそのうちの数人若しくはー人が破産手続開始の決定を受け、かつ、債権者がその債権の全額について破産債権者として権利を行った場合において、破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者が破産手続開始後に債権者に弁済をしたときは、債権者の債権の全額が消滅した場合に限り、その求償権を有する者は、求償権の範囲内において、債権者が有した権利を破産債権者として行うことができるものとする(破産法第26条第2項参照)。
<2> 物上保証人が破産手続開始後に債権者に弁済をしたときも、<1>と同様の取扱いとするものとする(同条第3項参照)。

第4 否認権

1 否認権の要件
(1)詐害行為(狭義)に関する否認の要件
<1> 次に掲げる行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができるものとする。
(i) 破産者が破産債権者を害することを知ってした行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。
(ii)破産者が支払の停止又は破産手続開始の申立て(以下「支払の停止等」という。)があった後にした破産債権者を害する行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、支払の停止等があったこと及び破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。
<2>(i)破産者がした債務の消滅に関する行為であって、破産者が債権者の受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であることを知ってしたものについては、<1>(i)と同様の取扱いをするものとする。
(ii)破産者が支払の停止等があった後にした債務の消滅に関する行為であって、債権者の受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であるものについては、<1>(ii)と同様の取扱いをするものとする。

(注)
無償行為の否認については、現行法(破産法第72条第5号)と同様の規定を設けるものとする。

(2)偏頗行為に関する否認の要件
<1> 破産者が既存の債務についてした担保の供与又は債務の消滅に関する行為は、その行為が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にされたものであり、かつ、債権者が、その行為の当時、次の(i)及び(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)及び(ii)に定める事実を知っていたときは、これを否認することができるものとする。
(i)当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと
(ii)当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあった事実
<2> <1>の適用については、<1>の行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものであるときは、債権者の主観的要件に関する証明責任を転換するものとする。
<3> <1>の行為が破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しないものであって、当該行為の後30日以内に支払不能になったときは、これを否認することができるものとする。ただし、債権者が、その行為の当時、他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでないものとする。
<4> <1>(i)及び<3>の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前1年以内のものに限るものとする。)があった後は、支払不能であったものと推定するものとする。

(注)
1 第29回会議では、偏頗行為の否認に関して、支払不能を直接立証した場合には、支払の停止による支払不能の推定の場合(<4>カツコ書)と異なり、時期的な制限がないことになる点について疑問が呈されたが、この問題に関しては、このような時期的制限を設けた場合には、それ以前にされた偏頗行為について一切否認の余地がなくなる点が問題となる。
この点について、現行法の下で判例が本旨弁済等の偏頗行為につき故意否認(破産法第72条第1号等)を認めることとしているのは、(a)支払の停止等の前ではあるが、既に支払不能になっている時点でされた偏頗行為や、(b)破産法第84条等の規定により危機否認が認められない場合について、否認を認めなければ債権者間の平等を図ることができない場合が存在するとの認識に基づくものであると考えられるが、今回の見直しにおいて偏頗行為の故意否認を否定することとしたのは、支払不能を直接立証した場合につき時期的な制限を設けないこととすれば、偏頗行為の故意否認を認めなくても、上記(a)及び(b)のいずれについても偏頗行為の否認で対応するとが可能であることをも考慮したものである(破産法分科会資料9第4(後注)2(注) iii及びiv参照)、そうすると、支払不能を直接立証した場合についても時期的制限を設ける場合には、このような前提との整合性が問題となり、偏頗行為の故意否認を認めないとしている点の当否について再度慎重な検討が必要になるものと考えられる。また、判例と偏頗行為の故意否認が認められた事案は、(b)の場合に関するものが多いといわれていること等を考慮すると、支払不能を要件とする偏頗行為につき否認の余地を一切認めないとすると、事案によっては債権者間の平等を不当に害することになるのではないかと考えられる。
以上の点を考慮して、支払不能を直接立証した場合については、時期的な制限を設けないものとすることで、どうか。

2 <2>では、偏頗行為の内容が破産者の義務に属せず、又はその時期がが破産者の義務に属しないもの(以下「時期に関する非義務行為」という。)である場合には、危機時期を支払不能からさらに30日間遡及させているが、当部会における審議においても、この点の取扱いについては疑問が呈されたところである。
しかしながら、支払不能は、弁済期が到来した債務の支払可能性を問題とする概念であるから、現時点では弁済期末到来のため支払不能とはなっていないが、近々到来する弁済期において支払不能になることが確実であるという場合が想定され、かつ、取引に債務がその点について悪意であるという場合も考えられる。上記のように近い将来支払不能となることが確実であると認められる時点で弁済等がされた場合については、これが義務行為であれば当該破産債権者の満足は、破産債権者団におけるリスクの順序に従ったものであるから許容されるとしても、特定の債権者が支払不能になることが確実であることを知りながら、期限前弁済を受けたという場合にまで否認可能性を一切認めないというのは相当でないのではないかと考えられる。
以上の点を考慮して、時期に関する非義務行為の取扱いについては、従前の考え方を維持することとしているが、この点についてどのように考えるか。

(3)適正価格による不動産等の売却等に関する否認の要件
破産者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、その行為の相手方から相当の対価を取得しているときはその行為は、次の(i)から(iii)までの要件に該当するものである場合に限り、破産債権者を害する行為として、否認することができるものとする。
(i)当該行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の性質の変更により、破産者において隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下「隠匿等の処分」という。)をする[おそれを現に生じさせる][ことを容易にする]ものであること。
(ii) 破産者が、当該行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。
(iii)相手方が、当該行為の当時、破産者が(ii)の意思を有していたことを知っていたこと。

(4)受益者が内部者である場合における証明責任の転換
(2)<1>(破産管財人が受益者の主観的要件に関する証明責任を負担する場合)及び(3)の適用については、受益者が次の(i)から(iii)までに掲げる者である場合には、受益者の主観的要件に関する証明責任を転換するものとする。
(i)破産者の理事、取締役、執行役、監事、監査役、清算人又はこれらに準ずる者
(ii)破産者との間に次に掲げる関係がある者
(ア)破産した株式会社の親法人
(イ)(a)商法第211条ノ2に規定する親会社及び子会社又は(b)同条に規定する子会社が破産した株式会社の総株主の議決権の過半数を有する場合における当該親会社
(ウ)株式会社以外の法人が破産した場合における(ア)又は(イ)に準ずる者
(iii)破産者の親族又は同居者

2 破産法第84条の見直し
破産手続開始の申立てがあった日より1年以上前にした行為(無償行為を除く。)は 支払の停止を要件として否認することができないものとする。

(注)
破産法第84条において支払の停止を知っていたことに基づく否認を時期的に制限した理由については、一般的に(a)支払の停止を否認の要件とする場合には、支払の停止の事実と破産手続開始との間に因果関係があることが必要であるが、支払の停止後1年も無事に経過した時は、当該支払の停止と破産手続開始との間の因果関係が希薄化することと(b)行為の効力を長く不安定な状況に置くのは相当でないこと等がともに挙げられている。
このうち(a)の破産手続の開始との間の因果関係については、今回の見直しにおいて支払不能を否認の要件とすることに伴い、支払不能についても、同様の規律を設けるべきかが問題となるが、支払不能を直接立証した場合につき期間制限を設けることについては、(ア)前記1(2)注1に記載し、たとおりの問題が存在すること、(イ)破産法第84条は因果関係の存在についての反証を許さないものであること等を考慮すると、支払不能を要件とする場合についてこのような規律を設けることは相当でないと考えられる。
他方、支払の停止を要件とする否認については、今回の見直しにおいてもその要件を通常の場合よりも緩和している(例えば、支払の停止後にされた破産者の行為については、破産者が自ら危機時期にあることを認めた後の行為であることにかんがみ、破産者の詐害意思の立証を不要としている。)が、支払の停止は、破産者が支払不能であることを外部的に表明したに過ぎず、支払不能の徴表事実として不確実な面があることは否定できない。しかし、このように不確実な面があるといえるにもかかわらず、他方で、否認の相手方が破産者の過去の財産状況についての立証をするのは困難である場合が多いと考えられることからすると、支払の停止の当時、支払不能でなかったことを立証するのは通常は困難であると考えられる。
以上のような点を考慮すると、緩和された要件の下で否認権を長期間認めることは相当でないと考えられ、今回の見直しにおいても、支払の停止(又はその悪意)を要件とする否認については、一定の時期的制限を設けることが相当であると考えられる。
そして、時期的制限の趣旨を上記の点に求めるのであれば、これを現行の第84条のように「支払の停止を知っていたこと」を理由とする場合に限定すべき必然性はなく、支払の停止を要件とする否認一般についてこれを認めるのが相当であると考えられる。
もっとも、無償否認については、その相手方の取引の安全等を考慮する必要性に乏しく、かつ、これについても上記の規律の適用を認めると、支払の停止前6月の行為にまで否認の範囲を拡張した意義を没却することになるから、時期的な制限は設けないものとするのが相当であると考えられる。
以上の点について、どのように考えるか。

3 詐害行為の否認の効果
詐害行為(1(1)及び(3)の対象となる行為をいう。)の否認の効果については次のとおりとするものとする。
<1> 詐害行為が否認されたときは、相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(ii)に定める権利を行使することができるものとする。
(i) 破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存する場合 当該反対給付の返還を請求する権利
(ii)破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存しない場合 財団債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利
<2> <1>(ii)にかかわらず、詐害行為が否認された場合において、破産者が、当該行為の当時、対価として取得した財産について隠匿等の処分をする意思を有し、かつ、相手方が、当該行為の当時、破産者がその意思を有していたことを知っていたときは 相手方は、次の(i)又は(ii)に掲げる区分に応じ、それぞれ(i)又は(ii)に定める権利を行使することができるものとする。
(i)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存する場合 財団債権者としてその現存利益の返還を請求する権利
(ii)破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団に現存しない場合 破産債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利
<3>1(1)<2>に規定する行為が1(1)により否認されたときは、債権者は[財団債権者として当該行為によって消滅した債務の額に相当する額を請求することができるものとする。][債権者が受けた給付の価額から当該行為によって消滅した債務の額を控除した額を償還しなければならないものとする。]
<4> 詐害行為が否認されたことによって相手方が破産財団に属する財産を返還する義務を負担する場合には相手方は当該財産の価額から[<1>から<3>まで][<1>又は<2>]によって財団債権となる額(<1>(i)の場合にあっては破産者の受けた反対給付の価額)を控除した額を破産管財人に弁償して当該財産の返還を免れることができるものとする。
<5> <4>に規定する場合において、相手方が<4>の規定により破産財団に属する財産の返還を免れるためには、否認訴訟又は否認の請求の手続にておいて、<4>の規定による弁償をする旨の主張をしなければならないものとする。
<6> 相手方が<5>の主張をした場合には、否認訴訟又は否認の請求の手続が係属する裁判所は、その判決又は決定において、<4>の弁償をすべき期間を定めなければならないものとする。

(注)
1 対価的均衡を欠く代物弁済等が詐害行為として否認された場合の効果
(1) 第29回会議においては、対価的均衡を欠く代物弁済等が詐害行為として否認された場合の効果として、当該行為によって消滅した債務の額に相当する額を財団債権として行使することを認める考え方(<3>[]前半の考え方。以下A案という。)の相当性について疑問が呈され、この場合の効果としては 債権者の意思に関わらず、債権者が受けた給付の価額から当該行為によって消滅した債務の額を控除した額の返還(一種の一部否認)のみを認めることで足りる(<3>[]後半の考え方。以下B案という。)のではないかとの指摘がされたところである。
この点について、部会資料38では、(a)通常の財産減少行為と対価的均衡を欠く代物弁済等とで、この点の取扱いを変える合理的理由があるか疑問があること(b)逸出財産の回復という否認権等の目的との関係で、受益者が現物返還を望んでいる場合にまで金銭での賠償を強制する合理的根拠があるか疑問があること等を考慮して、行為としては、その全体を否認することとした上、相手方が取得する権利を財団債権として保護することによって、いわば一部否認を認めたのと同様の結果を導くことを意図したものである。

(2)しかし、上記のような考え方に対しては、適正な価額でされた代物弁済との均衡と、相手方が有していた債権は有効に消滅したのと同様の取扱いをするというのであれば この考え方を徹底して、 B案のように、否認の対象となる行為自体を消滅した債務額に相当する部分を超える部分に限定する方が一貫するとの指摘があり得る。
また、偏頗行為の否認の対象とならない時期に代物弁済の予約等の形式で仮登記担保をした場合には、債権者は清算義務を負うのであるから、この場合に 、B案のように、債権者に当然の差額賠償を認め、いわば清算義務を課す取扱いをしたとしても、当該債権者の利益を不当に害するものではないとの評価が可能ではないかとも考えられる。
なお、上記のような点を考慮して、B案の一部否認の考え方をとった場合には対価的均衡を欠く代物弁済については、詐害行為が否認された場合に相手方が取得する権利内容を定めた破産法第78条の問題ではなく、例えば「破産者がした債務の消滅に関する行為であって、債権者が受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大であるものについては、消滅した債務の額に相当する部分を超える部分に限り、否認することができる。」というように、否認の範囲について独立の規定を設ける必要があると考えられる。

(3)以上の点について、どのように考えるか。
2対価的均衡を欠く代物弁済等についての詐害行為否認と偏頗行為否認の関係について(1)対価的均衡を欠く代物弁済等は、詐害行為としての側面と偏頗行為(非義務行為)としての側面を併せ持つ行為であるが、偏頗行為否認によった方が破産財団に有利であるから、支払不能後にされた対価的均衡を欠く代物弁済については、通常は、破産管財人が偏頗行為として否認することを選択することになると考えられる。
これに関しては、対価的均衡を欠く代物弁済等の詐害行為否認に時期的限定を付し、これを支払不能前の行為に限定すべきであるとの考え方もあり得るが、この考え方によると、「支払不能前にされた行為であること」が否認の要件となり、この点の立証を要することになると考えられる。しかし、破産管財人にこのような立証の負担を課すことは相当でないと考えられる。

(2)このように、対価的均衡を欠く代物弁済等の詐害行為否認について時期的な限定を付さない場合には、詐害行為否認と偏頗行為否認との関係が問題となる。
この点について、例えば 破産者が危機時期に弁済期にある100万円の債務につき200万円の動産を代物弁済に供したという事例を前提として、上記注1で示した代物弁済の全部取消しを認める考え方(A案)と一部否認を認める考え方(B案)のそれぞれについて検討すると次のとおりとなると考えられる。
すなわち、まず、 A案によれば、詐害行為否認と偏頗行為否認のいずれによっても、代物弁済に供した動産は、破産財団に復帰することにてなる(破産法第77条第1項)から。給付訴訟を提起する場合の訴訟物は 否認権に基づく動産の返還請求権であって、訴訟物は同一であると考えられる。もっとも、破産管財人が、当該行為が支払不能後にされたものであること及びこれについての悪意を立証することができない、場合には詐害行為否認しか認められず、その効果も上記3が適用されることとなると考えられる。そして、破産法第78条第1項後段に該当する場合には、相手方がが負担する目的物の返還義務と破産管財人が負担する財団債権についての償還義務は同時履行の関係に立つと一般に解されているから、詐客行為否認が認められた場合(<2>(ii)に該当する場合を除く。)における判決内容は、消滅した債務の額に相当する額の償還との引換給付判決になると考えられる。
これに対して、破産管財人が、上記の点についての立証に成功した場合には、偏頗頗行為否認が認められ、相手方が取得する債権は破産債権となるから(破産法第79条)、その場合の判決内容は、単純な給付判決になると考えられる。
次に、B案の考え方によれは、詐害行為否認の場合には、差額の償還請求しか認められないことになるから、給付訴訟を提起した場合の訴訟物は 否認権に基づく差額相当額の償還請求権であると考えられるのに対して、偏頗行為否認の場合には、A案と同様、否認権に基づく動産の返還請求権であって、訴訟物が異なると考えられる。
したがって、偏頗行為否認が認められるか否か明らかでないような事案については、破産管財人としては、主位的に動産の返還を、予備的に差額の償還を求めること等が考えられる。

3否認の対象財産の売渡請求権の行使方法について(<4>及び<5>)
否認の対象財産の売渡請求権(<4>)の行使方法について、これまでは特段の制限を設けず、遺留分減殺請求権を行使された受道者等の価額弁償の制度(民法第1041条)と同様の取扱いをすることとしていた。
この点に関し、民法第1041条についての判例では、遺留分減殺請求権に基づく目的財産の返還請求訴訟において、受遺者が同条の規定による弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、その判決の中で弁償額を定めた上、受遺者がこれを支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の請求を認容すべきであるとされている(最判平成9年2月25日民集51巻2号448頁)が、当該判例を前提としても、受適者等が当該訴訟において弁償をする旨の意思表示をしなかった場合には、再度弁償額を巡って紛争が生ずるおそれがあることになる。
<4>による亮渡請求権についても、同様の取扱いをすることとすると、破産管財人としては 財産減少分を破産財団に取り戻すために、否認訴訟等のほかに、再度弁償額を巡る訴訟の追行を余儀なくされる場合が生ずることとなり、管財事務の迅速処理に支障を来すおそれがあると考えられる。
他方、否認訴訟又は否認の請求の手続において、差額弁償の意思表示をしない限り、<4>により売渡請求権を行使することができないとすると、否認訴訟等の相手方が否認の原因について激しく争っているような場合であっても、否認が認められた場合に備えてこの意思表示をせざるを得なくなって、当事者の訴訟追行の観点から問題があると批判があり得ると考えられる。
本文では 管財事務の迅速処理の観点を重視し、また、この制度は財産の返還義務を負担してしかるべき否認の相手方に特別の保護を与えるものであることを考慮して、<4>の売渡請求権の行使方法を制限するものとしているが、この点についてどのように考えるか。

4 <4>の 「弁償」をすべき期間について
<4>の売渡請求権の制度を設ける際に参考にした民法第1041条については、上記の判例上、受遺者が事実審の口頭弁論終結前に裁判所の定めた価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、事実審の口頭弁論終結時を基準として弁償すべき額を定めた上、受遺者がこの額を支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の請求を認容すべきであるとの判断がされている。
このような条件付の判決をする場合には、いつの時点までに弁償をすることが可能かという点が問題となるが、上記の判例は、不動産の持分移転登記手続を求める訴訟に関するものであったことから、弁償をしたことが民事執行法第173条第1項ただし書の「債務者の証明すべき事実」に該当するとして、裁判所書記官が同条第3項によって定める期間までに弁償した事実を証明する文書が提出されなかった場合に限り、執行文が付与されることとなる旨の判示をしている。
したがって、登記訴訟以外の場合にこの「一定期間」をどのように決めるかという点については判例上も明らかになっていないが、この判決の趣旨を登記訴訟以外の場合にも及ぼすとすると、判決の中で弁償をすべき期間を定めることになるのではないかとの指摘がされているところである(平成9年最高裁判所判例解説275頁参照)。
このように、民法第1041条については、弁償をすべき期間が法律上明らかになっていないことから、これに伴う実務上の問題が生じていることにかんがみると、上記の制度では、この点を法律上明らかにするのが相当であると考えられる。
そこで、<6>では、否認訴訟の判決をする裁判所等が弁償をすべき期間についても定めることとしているが、この点についてどのように考えるか。

5 再建型の手続において<4>の売渡請求権を認めることの当否
第29回会議では、破産手続において<4>の制度を設けることについては、特段異論は出されなかったが、再建型の手続では、否認の対象となっている財産が事業の継続に必要な場合も想定されるから、再建型の手続に<4>の制度を設けることについては、慎重に検討すべきであるとの指摘がされたところである。
しかしながら、<4>の制度は、否認の相手方のリスクを軽減させ、否認のリスクに伴う萎縮的効果の除去等の目的で設けるものであるが、否認の対象となる行為の当時に、その後どのような倒産処理手続が開始されるかは不明であることからすると、再建型の場合に<4>の制度を設けないこととする場合には、否認のリスク軽減という制度趣旨が相当程度没却されることになると考えられる。他方、事業の継続に必要な財産の取戻しといった観点を否認制度において考慮することについては疑問があり.否認権の行使によって財産を取り戻さなければ再建が困難であるという場合には、そもそも再建の可能性が低く、このような場合を念頭に置いて再建型の場合に<4>の制度を設けないとするまでの必要性に乏しいと考えられる。
以上のような点を考慮して、<4>から<6>までの制度は、破産手続だけでなく、再建型の倒産処理手続にも設けるものとすることで、どうか。

4 否認権の行使方法
破産手続において、破産管財人は、否認の請求の方法(民事再生法第135条から第137条まで参照)によっても否認権を行使することができるものとする。

(注)
給付を求める否認の請求を認容する決定に対する異議の訴えにおいて、否認の請求を認可し、又は変更する判決をする場合には、破産管財人の申立てにより又は職権で、担保を立てて、又は立てないで、仮執行をすることができることを宣言することができるものとする(倒産法部会資料40第12.1(5)イ<4>参照)。

5 否認の訴え及び否認の請求事件の管轄
否認の訴え及び否認の請求事件は 破産裁判所が管轄するものとする(民事再生法第135条第2項参照)。

(否認権関係後注)
転得者に対する否認の要件(破産法第83条)については、これまで転得者の前者の主観的要件を不要とする方向で見直しの当否について検討してきたが、この方向での見直しをした場合における転得者の権利行使の範囲及び方法をいかに定めるかが問題とされたところである。
この点については、部会資料38では、否認の効果の相対効を徹底した考え方を掲げたところであるが、転得者の前者の主観的要件の要否については、否認権の関係では、規定の 文言上、これを必要とする表現ぶりになっていることもあり、否定説は少数説であって、主観的要件を不要とした場合の法律関係については、従前ほとんど議論されこていないと考えられる。また、詐害行為取消権の関係では 判例(最判昭和49年12月12日金融法務事情743号31頁)は肯定説をとっているものの、肯定説をとった場合におけるその後の法律関係については、学説においても通説的な見解は存しない状況にあるとの指摘が当部会でもされたところである。また、判例は、詐害行為取消権等について相対効を前提とした考え方をとっているが、これが問題となる全ての場面で相対効を徹底しているわけではなく、上記の点につき肯定説をとった場合におけるその後の法律関係をどのように考えているかは必ずしも明らかでないと考えられる。
このような状況の下で、上記の点につき肯定説をとった上でその後の法律関係についても否認の相対効を前提とした規律を設けることの当否については、更に慎重な検討を要するものと考えられることから、今回の見直しでは、この点の見直しはしないものとすることが相当ではないかと考えられるが、どうか。

2 債務者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後に、特定の債権者に対する債務について、他の債権者を害する目的で、担保を供与し、又は債務を消滅させる行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたときは、処罰するものとし、情を知って、その相手方となった債権者も処罰するものとする(破産法第375条第3号参照)との考え方があるが、どのように考えるか(倒産法部会資料第39・1(後注2)参照)。

第5 担保権等の倒産処理手続上の取扱い

1 譲渡担保権者の破産
譲渡担保権設定者の目的財産の取戻しの制限を定めた破産法第88条(会社更生法第64条及び民事再生法第52条第2項において準用する場合を含む。)の規定は、削除するものとする。

2 共有者の別除権
共有に関する債権を有する他の共有者に別除権を認めた破産法第94条の規定は 削除するものとする。

(担保権等の倒産処理手続上の取扱い関係後注)
民事留置権の取扱い
破産手続における民事留置権の取扱いについては、次のとおりとするとの考え方があるが、どのように考えるか。[民事留置権の存続、受戻し、消滅請求等]
<1> 破産手続において、民事留置権は失効しないものとする(破産法第93条第2項の規定は削除するものとする。)。
<2> 破産管財人は 留置権の目的(物)の受戻しができるものとし、裁判所の許可事項(破産法第197条第14号参照)に留置権の目的(物)の受戻しを加えるものとする。
<3> 民事留置権の消滅請求の制度を設けるものとする(部会資料40第12・2(5)の商事留置権の消滅請求の制度の対象を商事留置権に限定せず留置権一般とするものとする。)。
<4> 破産管財人は留置権者に対し、留置権の目的物を示すことを求めることができ、留置権者は 破産管財人による財産の評価を拒むことができないものとする(破産法第195条参照)。
<5> 留置権者は民法第297条、第298条第2項、<2>及び<3>により、破産手続によらずに被担保債権の弁済を受けることができるものとする。

【破産配当との調整関係】
<6> 留置権者は <5>により被担保債権の弁済を受けることができない債権額についてのみ破産債権者として権利行使ができるものとする。
<7>留置権者は破産債権の届出に当たり、留置権の目的[及びその価額][及び留置権の目的物の処分等により弁済を受けることのできない債権額]を届け出なければならないものとする(破産法第228条第2項参照)。
<8> 留置権者は、除斥期間の満了までに、留置権が消滅した場合には留置権の目的物の処分等により弁済を受けることができなかった債権額を証明しないとき、留置権が消滅していない場合には留置権の目的物を破産管財人に提供しないときは、配当から除斥されるものとする(破産法第277条、第262条参照)。
<9>留置権者が、除斥期間の満了までに、<7>の証明をし、又は留置権の目的物を提供したときは、破産管財人は直ちに配当表を更正しなければならないものとする(破産法第263条第3号参照)。
<10>中間配当において除斥された留置権者が、後の配当に関する除斥期間の満了までに<7>の証明をし、又は留置権の目的物を提供したときは、前の配当において受けることのできた額について他の同順位の債権者に優先して配当を受けることができるものとする(破産法第270条参照)。
<11>留置権の目的物が譲渡された場合において、留置権が存続するときは<6><8><9><10>を準用するものとする。]

民事留置権に基づく形式競売の手続】
[<12> 留置権者は破産手続開始後、[破産管財人の同意を得て、]形式競売の申立てをすることができるものとする。]
<13> 破産管財人は 民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定により留置権の目的である財産の換価をすることができる[留置権者はこれを拒むことができない]ものとする(破産法第2 03条第1項参照)。
<14>民事留置権に基づく形式競売の手続は、強制執行等の中止命令及び包括的禁止命令の対象となるものとする。
<15> 民事留置権に基づく形式競売の手続は、免責手続中の強制執行等の中止命令の対象となるものとする。

(注)
1 第29回会議の審議では 民事留置権の取扱いについて、区々に意見が分かれた。まず、商事留置権と同様の取扱いとするという部会資料38の(ア)の考え方に対しては、商事留置権との平仄、民事留置権の要保護性、法律関係の簡明さ等から支持する意見が出される一方で、現行法との乖離の大きさ、現行法と相当に乖離した保護を基礎付ける必要性への疑問、商事留置権との沿革等の違い、迅速な換価等への支障等から反対する意見が出された。また、民事留置権を別除権とする部会資料38の(イ)の考え方及び民事留置権を別除権とはせず、効力の存続を図るとする同(ウ)の考え方に対しては、両者の関係についての疑問、個別の問題の処理についての疑問等が呈された。他方(ウ)の考え方に対しては、現行法との距離民事留置権の沿革、民事留置権の性質等から「最も受け入れやすい」、「穏当である」との評価も示された。これらと並んで、そもそも民事留置権について手当てをすることへの疑義も表明された。
このように、(ア)については正面から見解が対立したこと、見直し自体の必要性及び妥当性にも疑問が呈されたこと等を踏まえると、仮に民事留置権について一定の見直しを行うとすれば、部会資料38の(ウ)の考え方を基礎として、第29回会議の審議において指摘された問題点について検討するのが、現時点において、成案となり得る唯一の可能性ではないかと考えられる。

2 民事留置権の効力の存続(<1>-<5>)
部会資料38の(ウ)の考え方を基礎として、民事留置権の見直しの方向を検討すると、まず、破産手続においても民事留置権は存続することを認める(破産法第93条第2項の規定を削除する)ことになる(<1>)。これにより、留置権者には留置的効力を維持することになり、それによって認められる効力ないし地位を基本的に維持することになる。他方、留置権の被担保債権は 特別の規定がない限り、破産債権であり、破産財団との関係で、配当以外 の方法によってその弁済を受けることはできないため(破産法第16条)、破産財団としては、留置権の目的財産を必要とする場合であっても、その回復を図ることができず、また、留置権者側は、留置的効力により間接的に弁済をうながす力が、目的財産の所有者との関係で働かないことになり、いわば両すくみのまま、破産手続の終了を待つということとなる。この不都合を回避するためには、破産財団から被担保債権の弁済をし、留置権を消滅させ、その目的財産を破産財団へと回復する方法が用意される必要があると考えられ、そこで、留置権の目的財産については、被担保債権の額が目的物の価額を下回るときは受戻しを、被担保債権の額が目的物の価額を上回るときは消滅請求を可能とすることとしている(<2><3>)、破産法第 16条との関係で、受戻しや消滅請求を通じての弁済が許されることを明らかにし、また、破産債権者の権利行使との関係では、民法上留置権者に認められる収取果実による被担保債権への充当や債務者の承諾を得てされた目的財産の賃貸借に基づく資料による被担保債権の充当も問題となるため、これらも妨げられないことをあわせて明記することとしている(<5>)。
受戻しや消滅請求等の前提として、破産管財人の目的物の評定に関し、別除権者の場合と同様の規定を設けるものとしている(<4>)。
目的財産の受戻しや留置権の消滅請求は、被担保債権の債務者が破産者ではない場合にも利用可能であると考えられ、それらが利用されたときは、被担保債権の債務者に対する求償権が破産財団に帰属することになると考えられる。
なお、任意売却と担保権の消滅の制度に関しては、留置権者は担保権実行の申立権を有しておらず、同制度において想定される対抗手段を取りうる担保権者に該当しないため同制度の対象とはしないこととしている。したがって、留置権の目的財産が他の別除権である担保権の目的ともなっているときは、民事留置権を残したまま他の担保権を消滅させて目的財産を売却するか、又は事前に民事留置権につき受戻しをしたうえで担保権の消滅制度を用いることになると考えられる。

3 破産配当との調整-不足額責任主義に関する規律の取扱い(<6>-<11>)
受戻しや消滅請求により破産財団から配当以外の方法で弁済を受け得る地位を留置権者に認める場合、そのような弁済と破産配当との間の調整を図る必要があるかどうかが問題となる。例えば、中間配当がされた後に留置権の消滅請求がされた場合には、次の(a)(b)(c)等の考え方があり得る。すなわち(a)全く調整をしない(行使できる破産債権の額が減少するにとどまる。)。したがって、破産管財人としては、留置権の消滅請求をするのが適切であると認める事案においては、中間配当前に消滅請求をするという行動が期待されることになる。(b)中間配当における配当金を、消滅請求において目的財産の価額に相当する金銭の支払に係る請求権に充当されたものとみなす。(なお、中間配当によって被担保債権の額と目的物の価額が逆転し、中間配当後は実質的に受戻しとなる場合にも、破産手続開始時を基準として消滅請求の問題とする、あるいは 目的物の価額に相当する額を支払えば足りるものとする。)(c)調整の問題が生じないように、留置権が存続している限りは、配当を受けることができないものとする。
この点、留置権は他の優先弁済効のある担保権との比較で実体法上有利不利があり、民法及び民事執行法により、留置権者は、事実上他の優先弁済効のある担保権者に優先して弁済を受ける地位が認められているのであり、また、民法上は不足額責任主義は留置権には妥当しないと解され(民法394条、361条、341条参照)、このような留置権の「受動的には最強の地位」が破産手続においても反映されるものと考え(a)の考え方をとることも考えられる。これに対し、確かに留置権には他の優先弁済効のある担保権との比較で効力に強弱があるものの、破産手続における破産債権の行使の点で、優先弁済効があり別除権とされる担保権に比し、より有利な地位が認められることは、優先弁済効を持たないという留置権の性質や上記1の留置権の効力の強化への懸念等に照らすと、適切ではなく、破産配当との間で一定の調整を図るべきであるとも考えられる。そのような図り方としては、(b)や(c)の考え方等があり得るが、(b)の場合、消滅請求の場合の弁済額の調整だけで対応が足りているか、他に調整を要する場面がないか、調整の方法はこれで適切かが問題になると考えられる。他方(c)の場合、不足額責任主義の規律を導入することになり、別除権と同様の取扱いをすることになる。もっとも、留置権については、優先弁済効実現のための担保権の実行申立てを前提とする規律は考えられないため、目的物の処分への着手や(能動的な)「権利の行使」による被担保債権の満足を前提とする規律は、完全には該当せず、留置権の性質に応じた変容が必要になると解される。そのような変容としては、例えば、留置権者は、留置権の行使(果実の収取等)又は留置権の効力(受戻しや消滅請求)によって弁済を受けることができない債権額についてのみ、破産債権者として権利行使ができることとし(<6>)、手続としては、中間配当、最後配当を問わず、留置権者は、除斥期間の満了までに、留置権が消滅している場合には目的物の処分等にこより弁済を受けなかった債権額を証明しないとき、留置権が存続している場合には目的物を破産管財人に提供しないときは、配当から除斥されるものとする(<8>)ことなど(ほかにに「変容」された規律を必要とする点として、不足額についての届出(<7>)、配当表の更正(<9>)「後の配当における調整(<10>)、等)が考えられる。なお(c)の考え方をとる場合には、留置権の目的物が留置権が存続したまま任意売却された場合、不足額責任主義の考え方がなお及ぶこととする点でも、別除権と同様の取扱いとなるものと解される(<11>)が、留置権の目的物の場合、強制執行等の手続によっても留置権は消滅しないことがあり(不動産の場合の引受主義)、この場合も取扱いは同様となるのではないかと考えられることから、破産管財人が留置権の目的財産を任意売却した場合に限らず、一般に、留置権の目的財産が譲渡され、留置権はなお存続する場合を対象とすることになるのではないかと考えられる。
(c)の考え方をとり、破産配当以外の方法による破産財団からの被担保債権の弁済を認めるにとどまらず破産配当との間で調整を図り不足額責任主義の考え方をいれるとすると、実質的には別除権の取扱いに極めて近接することになる。このような別除権のいわば「亜種」を認めるのであれば、端的に民事留置権を別除権とすることも考えられるが、その場合にも、規律の内容は細部にわたり本来的・中核的な別除権の場合とは異なることになる。

4 留置権に基づく形式競売の手続の取扱い(<12>~<15>)
留置権者の形式競売の申立権(民事執行法第195条参照)については、破産手続中は換価金につき相殺による事実上の優先弁済を受けることができないこと、また、留置権の目的財産の換価の有用な一方法と考えられることから、そのような換価方法を否定するまでのことはないと考えられる。しかし、破産財団に属する財産の処分の時期・方法については、優先弁済効を担保権の実行によって実現できる別除権者を除き、破産管財人の専権に属すること、民事留置権の消滅請求制度の実を確保する意味もあること等からすると、破産管財人の意向を反映させるべきではないかとも考えられる。この点からすると、(a)破産管財人の同意を要求する、あるいは(b)およそ、留置権者による形式競売の申立ては認めず、破産管財人に申立権を認める(動産の場合は、留置権者が同意しない限り、動産競売を開始できないので、留置権者と破産管財人の双方が形式競売を望むときだけ、競売が可能となる。)ことなどが考えられよう(なお、留置権者に形式競売の申立てを認める場合、形式競売がされたときの換価金の交付先が問題となる。一般には申立権者である留置権者に交付されることになると考えられるが、直接管財人に交付されると解する余地もある。)
留置権に基づく形式競売に関しては 別院権である担保権の場合と同様、破産管財人にも申立権を認めることが考えられる(破産法第203条参照)。もっとも、動産の場合は留置権者が同意しない限り開始要件をみたさないので、破産管財人にこのような権限を認める実質的な意義はさして大きくないと考えられる。
破産手続中、留置権者の形式競売の申立権を認めないとするときはもとより、留置権者に形式競売の申立てを認めるけれども、破産管財人の同意を要するとの考え方を取るときは、留置権者の自由な競売申立ては認められないことから、破産手続開始前においてもまた、免責手続中においても、民事留置権に基づく競売の手続を中止命令の対象ととするのが適切ではないかと考えられる。

5 以上を踏まえ、破産手続における民事留置権の取扱いについて、どのように考えるか。
民事留置権は破産手続において失効しないものとし、民事留置権の実体法上の効力ないし地位を破産手続においても認めることを基本姿勢とする場合、破産配当との調整や形式競売の申立権の取扱い等の点において、その規律の内容及び別除権との関係をどのように考えるべきか。考慮すべき点は、上記で決しきれているといってよいか。

6 更生手続及び再生手続における民事留置権の処遇については、(a)現行法どおりとする(民事留置権は失効しないとするのみにとどめる。)(b)受戻し、担保の変換、消滅請求を認める等の考え方がある、破産手続における民事留置権の取扱いについて見直しをするとする場合、更生手続及び再生手続において、手当てをする必要の有無及び手当ての内容について、どのように考えるか。

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7 第29回会議の審議においては、民事留置権の取扱いについては、上記1に記載したとおり、見直しをする必要性についても疑義が呈され、また、見直しの方向についても意見が分かれたところである。上記の検討を踏まえると、今般の破産法等の見直しにおいて、成案を得るに至るのは困難であると考えられることから、今回は、特段の手当てをしないものとすることも考えられるが、どうか。

第6 相殺権

1 相殺禁止の範囲の見直し
(1) 破産債権者の債務負担(破産法第 104条第1号及び第2号参照)
<1> 破産債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができないものとする。
(i)破産手続開始後に破産者に対して債務を負担したとき。
(ii)支払不能になった後に、(a)破産者との間で破産者の財産の処分を内容とする契約[(破産債権者が破産者との間で支払不能になる前から継続的に取引をしていた場合において、当該契約による取引が当該破産債権者と破産者との間で平常行われる取引であると認められるときを除く。)]を締結し、又は(b)破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けたことによって、破産者に対して債務を負担した場合であって、(a)の契約の締結又は(b)の債務引受の当時、支払不能であったことを知っていたとき。
(iii) 支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった当時、支払不能でなかったときは、この限りでないものとする。
(iv)破産手続開始の申立てがあった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その当時、破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
<2> <1>に該当する場合であっても、次のアからウまでに掲げる要件に該当する場合には 破産債権者は、破産手続によらないで、相殺をすることができるものとする。

ア 支払不能を知っていたことを理由とする場合(<1>(ii)に該当する場合)
<1>(ii)の債務の負担が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)法定の原因]
(b)破産債権者が支払不能であったにとを知った時より前に生じた原因
(c)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

イ 支払の停止を知っていたことを理由とする場合(<1>(iii)に該当する場合)
<1>(iii)の債務の負担が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)法定の原因
(b)破産債権者が支払の停止があったことを知った時より前に生じた原因
(c)破産手続開始の申立てがあった時より 1年以上前に生じた原因

ウ 破産手続開始の申立てを知っていたことを理由とする場合(<1>(iv)に該当する場合)
<1>(iv)の債務の負担が次に掲げる原因に基づくとき。
(a)法定の原因
(b)破産債権者が破産手続開始の申立てがあったことを知ったときより前に生じた原因
(c)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

(注)
1 部会資料38では、上記の<1>(ii)に相当する部分について、債務負担の時期が支払の停止等の前である場合には、破産債権者が支払不能になった後にした契約に基づいて債務を負担したときに限り、支払不能によって危機時期を画する考え方をB案として掲げていた。
B案は、破産債権者が積極的作為に基づいて債権・債務の対立関係を作出した場合に限り、支払不能によって危機時期を画するというものであるが、当部会の第29回会議においては、部会資料38の規律ではこの点の趣旨が明らかでないとの指摘がされたことから、この部分については、部会資料35に掲げた考え方に戻し、経済的実質において、債務者が支払不能後に弁済又は代物弁済をしたのと同視できる場合が多いと考えられる<1>(ii)(a)の契約類型と、破産者の債務者が他人の破産債権を取得した場合の裏返しであると考えられる<1>(ii)(b)の契約類型について、支払不能基準を適用することとしている。
また、部会資料38のB案に対しては、例えば、支払不能後に手形の取立委任を受けた場合等が相殺禁止の対象になり得るから、結果的に将来のキャッシュフローを担保とした信用供与等に萎縮的効果が生ずるとの指摘がされ、この点については部会資料35に掲げた考え方でも同様の懸念が生ずるとの指摘もされたところである。
そこで、今回の部会資料では、このような指摘を踏まえ、支払不能を知っていたことを理由とする相殺の禁止については、継続的に取引をしている当事者間における相殺の担保的機能に対する信頼を特に保護するため、<1>(ii)(a)の契約類型については、「破産債権者が破産者との間で支払不能になる前から継続的に取引をしていた場合において、当該契約による取引が当該破産債権者と破産者との間で平常行われる取引であると認められるとき」は、支払不能基準による相殺禁止の対象外としている。
すなわち、継続的に取引を行う当事者間においては、将来も従前どおりの取引関係が継続されるであろうことを予期し、将来自己が負担するであろう債務をいわば担保として個々の取引を継続するということが行われており、その意味では、各取引が相互に関連性を有し、ある取引は他の取引の動機となっていると考えられる。
そして、このような相殺の担保的機能を信頼した信用供与により、ことさらに将来債権に対して担保を設定することなく、継続的な取引を可能にしているという社会的実態があることにかんがみると、少なくとも現時点においては、このような継続的取引における相殺については、単発的な弁済等の債務消滅行為とは異なる保護を与える必要があると考えられる。また、継続的取引を行っている当事者間における相殺の担保的機能については、交互計算等においても保護されている(商法第529条、破産法第66条)のであるから、交互計算の合意がされていないものについても一定の限度でこれを保護することには合理性があるものと考えられる。
他方、継続的に取引をしている場合であっても、支払不能後にこれまでの取引形態とは異なり、ことさらに取引を増加させたという場合については、いわば濫用的に担保を取得したものであって、このような取引によって生じた債務にこついてまで相殺を認めることは債権者間の平等を害することになるから、「平常行われる取引」に該当すると認められる場合に限り、相殺を認めることとしている。
以上の点について、どのように考えるか。

2ここに掲げた考え方によると、例えば、支払不能後、破産者が銀行口座に入金をしたという場合には、入金により金銭の所有権移転を伴うから、当該入金に伴う消費寄託契約(民法第666条)は「破産者の財産を処分することを内容とする契約」に該当することになると考えられる。
この点については、ここに掲げた考え方は、破産債権者の積極的作為に基づいて債権・債務の対立関係が生じた場合に限り、支払不能基準を採用するものであるとの説明がされているが、銀行口座への入金等によって生じた債務は、銀行の積極的作為によるものとは言い難く、また、入金された金銭が「平常行われる取引」に当たるか否かによって相殺の可否が決せられるということになると、この点の解釈を巡って、相殺の可否に関する紛争が増加和するおそれがあるとの指摘がされているが、どのように考えるか。

3 相殺の禁止の主観的要件として支払不能についての知・不知を問題とすることについては、支払不能が支払の停止のような外形的事実ではなく、規範的な要素を含む「一定の状態」を示す概念であることから、これについて事後的にどのような認定を受けるか不安があり、このことが取引の継続に対する萎縮的効果を及ぼすおそれがあるとの懸念が強く示されてきた。

この点について、部会資料38のB案の考え方では 支払の停止後の債務負担についても、支払不能を認識していれば相殺が禁止されることとしていたので、例えば、支払不能前の契約に基づいて債務を負担したという場合であっても、その後支払不能であることを認識すれば、債務負担の時期が支払の停止等の後になるものについては、支払不能について悪意であることを理由に相殺が禁止されることとなって、上記の懸念を払拭することができないとの指摘があり得る。
そこで、今回の資料では、上記の点を踏まえ、相殺の担保的機能に対する信頼(特に継続的取引関係にある当事者間の相殺に対する信頼)を保護するために、支払不能基準を用いる場合をこれまでの考え方以上に限定するだけでなく、相殺をしようとする破産債権者の主観的要件と相殺禁止の客観的要件を一致させ、例えば、<1>(iii)では、破産債権者の主観的要件を支払の停止についての悪意に限定し、支払不能についての悪意を含めないこととしている。
このような考え方によれば、破産債権者が支払の停止等の後に債務を負担したという場合であっても、支払の停止等の事実につき善意である破産債権者は、<1>(ii)の要件に該当しない限りは、相殺が許されることになる(債務の負担時期が破産手続開始後の場合を除く。)、これによって、経済的に苦境にある債務者と継続的に取引をしようとする者は、支払の停止等の事実を知らない限りは 上記<1>(ii)の限定的な要件に該当しない限り、相殺をすることが可能になるから、取引に対する萎縮的効果は相当程度解消ざれいると考えられる。
以上の点について、どのように考えるか。

(2)破産者に対して債務を負担する者の破産債権の取得(破産法第104条第3号及び第4号参照)
<1> 破産者に対して債務を負担する者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができないものとする。
(i) 破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。
(ii)支払不能になった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、支払不能になったことを知っていたとき。
(iii)支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった当時、支払不能でなかったときは、この限りでないものとする。
(iv)破産手続開始の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
<2> <1>に該当する場合であっても、次のアからウまでに掲げる要件に該当する場合には、破産者に対して債務を負担する者は、破産手続によらないで、相殺をすることができるものとする。

ア 支払不能を知っていたことを理由とする場合(<1>(ii)に該当する場合)
<1>(ii)の破産債権の取得が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(b)法定の原因
(c)破産債権者が支払不能になったことを知った時より前に生じた原因
(d)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

イ 支払の停止を知っていたことを理由とする場合(<1>(iii)に該当する場合)
<1>(iii)の破産債権の取得が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(b) 法定の原因
(c)破産債権者が支払の停止があったことを知った時より前に生じた原因
(d)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

ウ 破産手続開始の申立てを知っていたことを理由とする場合(<1>(iv)に該当する場合)
<1>(iv)の破産債権の取得が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(b)法定の原因
(c)破産債権者が破産手続開始の申立てがあったことを知った時より前に生じた原因
(d)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

2 破産管財人の催告権
<1> 破産管財人は 一般の債権調査期間が経過し、又は一般の債権調査期日が終了した後は、破産法第98条又は第99条の規定により相殺をすることができる破産債権者に対し、1月以上の期間を定め、その期間内に当該破産債権について相殺をするか否かを確答すべき旨を催告することができるものとする。ただし、破産債権者の負担する債務が弁済期にあるときに限るものとする。
<2> <1>の催告があった場合において、破産債権者が<1>で定めた期間内に相殺をしないときは、破産債権者は当該破産債権についての相殺をもって他の破産債権者に対抗することができないものとする。

3 破産管財人による相殺
破産管財人は 破産財団に属する債権をもって破産債権と相殺することが破産債権者の一般の利益に適合するときは、裁判所の許可を得て、相殺をすることができるものとする。

○ その他
破産管財人は、その職務を行うに当たり、利害関係人に対し、[手続の公正の確保][手続の円滑な進行]に必要な情報を提供するよう努めなければならないものとすることで、どうか。

(注)
1 第28回会議では 破産管財人の労働組合との団体交渉応諾義務について検討がされた (倒産法部会資料37・第7その他参照)が、この点については、むしろ破産管財人が債権者に対して誠実に説明する義務の問題としてとらえることとされた。上記の考え方は第28回会議の議論も踏まえ、破産管財人が、善管注意義務の内容として、手続の公正又は円滑な進行を図る観点から必要な情報を債権者等の利害関係人に対して提供する努力義務を負うとするものである。

2 保全管理人について準用するものとする。また、再生手続及び更生手続についても同様の取扱いとするものとする。