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【第三次案】第3部 倒産実体法: 第6 相殺権

1 相殺禁止の範囲の見直し
(1) 破産債権者の債務負担(破産法第 104条第1号及び第2号参照)
<1> 破産債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができないものとする。
(i)破産手続開始後に破産者に対して債務を負担したとき。
(ii)支払不能になった後に、(a)破産者との間で破産者の財産の処分を内容とする契約[(破産債権者が破産者との間で支払不能になる前から継続的に取引をしていた場合において、当該契約による取引が当該破産債権者と破産者との間で平常行われる取引であると認められるときを除く。)]を締結し、又は(b)破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けたことによって、破産者に対して債務を負担した場合であって、(a)の契約の締結又は(b)の債務引受の当時、支払不能であったことを知っていたとき。
(iii) 支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった当時、支払不能でなかったときは、この限りでないものとする。
(iv)破産手続開始の申立てがあった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その当時、破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
<2> <1>に該当する場合であっても、次のアからウまでに掲げる要件に該当する場合には 破産債権者は、破産手続によらないで、相殺をすることができるものとする。

ア 支払不能を知っていたことを理由とする場合(<1>(ii)に該当する場合)
<1>(ii)の債務の負担が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)法定の原因]
(b)破産債権者が支払不能であったにとを知った時より前に生じた原因
(c)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

イ 支払の停止を知っていたことを理由とする場合(<1>(iii)に該当する場合)
<1>(iii)の債務の負担が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)法定の原因
(b)破産債権者が支払の停止があったことを知った時より前に生じた原因
(c)破産手続開始の申立てがあった時より 1年以上前に生じた原因

ウ 破産手続開始の申立てを知っていたことを理由とする場合(<1>(iv)に該当する場合)
<1>(iv)の債務の負担が次に掲げる原因に基づくとき。
(a)法定の原因
(b)破産債権者が破産手続開始の申立てがあったことを知ったときより前に生じた原因
(c)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

(注)
1 部会資料38では、上記の<1>(ii)に相当する部分について、債務負担の時期が支払の停止等の前である場合には、破産債権者が支払不能になった後にした契約に基づいて債務を負担したときに限り、支払不能によって危機時期を画する考え方をB案として掲げていた。
B案は、破産債権者が積極的作為に基づいて債権・債務の対立関係を作出した場合に限り、支払不能によって危機時期を画するというものであるが、当部会の第29回会議においては、部会資料38の規律ではこの点の趣旨が明らかでないとの指摘がされたことから、この部分については、部会資料35に掲げた考え方に戻し、経済的実質において、債務者が支払不能後に弁済又は代物弁済をしたのと同視できる場合が多いと考えられる<1>(ii)(a)の契約類型と、破産者の債務者が他人の破産債権を取得した場合の裏返しであると考えられる<1>(ii)(b)の契約類型について、支払不能基準を適用することとしている。
また、部会資料38のB案に対しては、例えば、支払不能後に手形の取立委任を受けた場合等が相殺禁止の対象になり得るから、結果的に将来のキャッシュフローを担保とした信用供与等に萎縮的効果が生ずるとの指摘がされ、この点については部会資料35に掲げた考え方でも同様の懸念が生ずるとの指摘もされたところである。
そこで、今回の部会資料では、このような指摘を踏まえ、支払不能を知っていたことを理由とする相殺の禁止については、継続的に取引をしている当事者間における相殺の担保的機能に対する信頼を特に保護するため、<1>(ii)(a)の契約類型については、「破産債権者が破産者との間で支払不能になる前から継続的に取引をしていた場合において、当該契約による取引が当該破産債権者と破産者との間で平常行われる取引であると認められるとき」は、支払不能基準による相殺禁止の対象外としている。
すなわち、継続的に取引を行う当事者間においては、将来も従前どおりの取引関係が継続されるであろうことを予期し、将来自己が負担するであろう債務をいわば担保として個々の取引を継続するということが行われており、その意味では、各取引が相互に関連性を有し、ある取引は他の取引の動機となっていると考えられる。
そして、このような相殺の担保的機能を信頼した信用供与により、ことさらに将来債権に対して担保を設定することなく、継続的な取引を可能にしているという社会的実態があることにかんがみると、少なくとも現時点においては、このような継続的取引における相殺については、単発的な弁済等の債務消滅行為とは異なる保護を与える必要があると考えられる。また、継続的取引を行っている当事者間における相殺の担保的機能については、交互計算等においても保護されている(商法第529条、破産法第66条)のであるから、交互計算の合意がされていないものについても一定の限度でこれを保護することには合理性があるものと考えられる。
他方、継続的に取引をしている場合であっても、支払不能後にこれまでの取引形態とは異なり、ことさらに取引を増加させたという場合については、いわば濫用的に担保を取得したものであって、このような取引によって生じた債務にこついてまで相殺を認めることは債権者間の平等を害することになるから、「平常行われる取引」に該当すると認められる場合に限り、相殺を認めることとしている。
以上の点について、どのように考えるか。

2ここに掲げた考え方によると、例えば、支払不能後、破産者が銀行口座に入金をしたという場合には、入金により金銭の所有権移転を伴うから、当該入金に伴う消費寄託契約(民法第666条)は「破産者の財産を処分することを内容とする契約」に該当することになると考えられる。
この点については、ここに掲げた考え方は、破産債権者の積極的作為に基づいて債権・債務の対立関係が生じた場合に限り、支払不能基準を採用するものであるとの説明がされているが、銀行口座への入金等によって生じた債務は、銀行の積極的作為によるものとは言い難く、また、入金された金銭が「平常行われる取引」に当たるか否かによって相殺の可否が決せられるということになると、この点の解釈を巡って、相殺の可否に関する紛争が増加和するおそれがあるとの指摘がされているが、どのように考えるか。

3 相殺の禁止の主観的要件として支払不能についての知・不知を問題とすることについては、支払不能が支払の停止のような外形的事実ではなく、規範的な要素を含む「一定の状態」を示す概念であることから、これについて事後的にどのような認定を受けるか不安があり、このことが取引の継続に対する萎縮的効果を及ぼすおそれがあるとの懸念が強く示されてきた。

この点について、部会資料38のB案の考え方では 支払の停止後の債務負担についても、支払不能を認識していれば相殺が禁止されることとしていたので、例えば、支払不能前の契約に基づいて債務を負担したという場合であっても、その後支払不能であることを認識すれば、債務負担の時期が支払の停止等の後になるものについては、支払不能について悪意であることを理由に相殺が禁止されることとなって、上記の懸念を払拭することができないとの指摘があり得る。
そこで、今回の資料では、上記の点を踏まえ、相殺の担保的機能に対する信頼(特に継続的取引関係にある当事者間の相殺に対する信頼)を保護するために、支払不能基準を用いる場合をこれまでの考え方以上に限定するだけでなく、相殺をしようとする破産債権者の主観的要件と相殺禁止の客観的要件を一致させ、例えば、<1>(iii)では、破産債権者の主観的要件を支払の停止についての悪意に限定し、支払不能についての悪意を含めないこととしている。
このような考え方によれば、破産債権者が支払の停止等の後に債務を負担したという場合であっても、支払の停止等の事実につき善意である破産債権者は、<1>(ii)の要件に該当しない限りは、相殺が許されることになる(債務の負担時期が破産手続開始後の場合を除く。)、これによって、経済的に苦境にある債務者と継続的に取引をしようとする者は、支払の停止等の事実を知らない限りは 上記<1>(ii)の限定的な要件に該当しない限り、相殺をすることが可能になるから、取引に対する萎縮的効果は相当程度解消ざれいると考えられる。
以上の点について、どのように考えるか。

(2)破産者に対して債務を負担する者の破産債権の取得(破産法第104条第3号及び第4号参照)
<1> 破産者に対して債務を負担する者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができないものとする。
(i) 破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。
(ii)支払不能になった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、支払不能になったことを知っていたとき。
(iii)支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった当時、支払不能でなかったときは、この限りでないものとする。
(iv)破産手続開始の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって、その当時、破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
<2> <1>に該当する場合であっても、次のアからウまでに掲げる要件に該当する場合には、破産者に対して債務を負担する者は、破産手続によらないで、相殺をすることができるものとする。

ア 支払不能を知っていたことを理由とする場合(<1>(ii)に該当する場合)
<1>(ii)の破産債権の取得が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(b)法定の原因
(c)破産債権者が支払不能になったことを知った時より前に生じた原因
(d)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

イ 支払の停止を知っていたことを理由とする場合(<1>(iii)に該当する場合)
<1>(iii)の破産債権の取得が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(b) 法定の原因
(c)破産債権者が支払の停止があったことを知った時より前に生じた原因
(d)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

ウ 破産手続開始の申立てを知っていたことを理由とする場合(<1>(iv)に該当する場合)
<1>(iv)の破産債権の取得が、次に掲げる原因に基づくとき。
(a)破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(b)法定の原因
(c)破産債権者が破産手続開始の申立てがあったことを知った時より前に生じた原因
(d)破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因

2 破産管財人の催告権
<1> 破産管財人は 一般の債権調査期間が経過し、又は一般の債権調査期日が終了した後は、破産法第98条又は第99条の規定により相殺をすることができる破産債権者に対し、1月以上の期間を定め、その期間内に当該破産債権について相殺をするか否かを確答すべき旨を催告することができるものとする。ただし、破産債権者の負担する債務が弁済期にあるときに限るものとする。
<2> <1>の催告があった場合において、破産債権者が<1>で定めた期間内に相殺をしないときは、破産債権者は当該破産債権についての相殺をもって他の破産債権者に対抗することができないものとする。

3 破産管財人による相殺
破産管財人は 破産財団に属する債権をもって破産債権と相殺することが破産債権者の一般の利益に適合するときは、裁判所の許可を得て、相殺をすることができるものとする。

○ その他
破産管財人は、その職務を行うに当たり、利害関係人に対し、[手続の公正の確保][手続の円滑な進行]に必要な情報を提供するよう努めなければならないものとすることで、どうか。

(注)
1 第28回会議では 破産管財人の労働組合との団体交渉応諾義務について検討がされた (倒産法部会資料37・第7その他参照)が、この点については、むしろ破産管財人が債権者に対して誠実に説明する義務の問題としてとらえることとされた。上記の考え方は第28回会議の議論も踏まえ、破産管財人が、善管注意義務の内容として、手続の公正又は円滑な進行を図る観点から必要な情報を債権者等の利害関係人に対して提供する努力義務を負うとするものである。

2 保全管理人について準用するものとする。また、再生手続及び更生手続についても同様の取扱いとするものとする。

目次

○トップページ

■第一次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第二次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第三次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■残された課題

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法