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【第二次案】第3部 倒産実体法: 第2 質料債権の処分等の取扱い

1 賃料債権の処分及び賃料の前払の取扱い(破産法第63条等)
賃料債権の譲渡等の破産手続における効力の制約を定めた破産法第63条(会社更生法第63条及び民事再生法第51条において準用する場合を含む。)の規定は、削除するものとする。

2 賃料債権を受働債権とする相殺の取扱い(破産法第103条等)
賃料債権を受働債権とする相殺の取扱いについては、次のとおりとすることで、どうか。
ア 賃料債権を受働債権とする相殺の制限を定めた破産法第103条の規定は、削除するものとする。
イ 更生手続における賃料債務を受働債権とする相殺の取扱い(会社更生法第48条第2項参照)については、次のとおりとし、再生手続(民事再生法第92条第2項参照)においても同様の手当てをするものとする。

<1> 更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が賃料債務であるときは、更生債権者等は、更生債権等の届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき[することとなる]賃料債務について、相殺することができないものとする。ただし、敷金があるときは、更生債権等の届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき[することとなる]賃料債務についても、敷金の額に相当する額に限り、相殺をすることができるものとする。[<2> 更生債権者等が、更生手続開始決定後、更生債権等の届出期間満了までの間に弁済期の到来すべき[することとなる]賃料債務をその弁済期に現に弁済したときは、更生債権者等が有する敷金返還請求権は、その弁済額の限度において、共益債権とするものとする。]
(注)
1 基本的な考え方 一倒産法部会資料34・B1案
本文の考え方は、賃料債権を受働債権とする相殺の取扱いについて、破産手続においては、特別の制約を設けないが、再建型手続においては、現行法を基本的に維持するという倒産法部会資料34(第3部・第1・1(3)イ)におけるB1案の考え方を基礎とするものである。
2 破産手統における取扱い  破産法第103条の削除(ア)
(1)破産手続においては、受働債権が期限付のときはもとより、条件付であるとき又は将来の請求権に関するものであるときであっても、相殺は妨げられず、一般に広く相殺が認められている(破産法第98条、第99条参照)。賃料債権(債務)の場合に、期限付債権(債務)、条件付債権(債務)や将来の請求権(に係る債務)一般の中で、特に「相殺の合理的期待」が希薄であると言うことはできず、また、清算型手続において、他の期限付債権(債務)、条件付債権(債務)、将来の請求権(に係る債務)であれば認められる相殺権を制約してまで、財団の確保を図るべき事情は見出し難いのではないかと考えられる。そこで、破産手続においては、特別の制約を設けないこととし、破産法第103条の規定は削除するものとすることで、どうか。
(2)破産第103条の規定を削除する場合、賃借入たる破産債権者の有する敷金返還請求権については、破産法第100条に依拠した寄託請求が可能であると解される(倒産法部会資料34・第3部・第1・1(3)イ(注)4(1)参照)。もっとも、(a)敷金返還請求権には、その発生のみならず、その額自体も不確定な債権である。また、(b)敷金返還請求権と賃料債務とは、別個の債権・債務である以上、両者の間には、観念的には、債権・債務の対立関係が認められるものの、敷金返還請求権は、目的物返還義務の履行までに賃貸借契約関係から賃借人に対して生ずる一切の賃貸人の債権を担保するものであり、目的物の返還時にその被担保債権を控除して、なお残額があることを条件として、残額につき発生するとされ(最判昭和48年2月2日民集27巻1号80頁参照)、また、賃料債権等の側からみると、目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅すらとされており(最判平成14年3月28日民集56巻3号689頁参照)、したがって、敷金返還請求権がこのような性質を有する限り、敷金返還請求額と賃料債務との間では、現実には、相殺はおこらないと解される。(a)(b)からすると、敷金返還請求権に関する破産法第100条の適用の可否に関しては疑義もあり得る。そこで、敷金返還請求権について、賃料債務を弁済する場合の寄託請求が可能であることを、明文で明らかにすることも考えられる。

3 再生手続及び更生手続における取扱い
イ<1>の考え方
(1)再生手続及び更生手続においては、広範に相殺を認めると事業等の再建が難しくなる等の事情から、相殺一般についても、破産手続に比し、相当の制約が設けられている。再生債務者又は更生会社の財産の収益の確保は、事業等の再建を図るための財産的基盤の確保という観点から、再建型手続においてはきわめて重要であり、そのような事情に照らすと、清算型手続においては賃料債務について特段の制約を設けないとしても、これと異なり、再建型手続においては、手続開始後の賃料債権を受働債権とする相殺について一層の制約を設けることも、十分に理由のあることと考えられる。そこで、イ(<1>)では、再建型手続においては、賃料債務について一定の制約を設け、その姿勢において、現行法の規律を維持する考え方を示している。

(2)もっとも、現行法上、受働債権となる賃料債務の範囲がどこまでかには一律に明解ではない。すなわち、現行法は、その範囲を、手続開始決定時における当期及び次期の賃料債務に限定している(会社更生法第48条第2項、民事再生法第92条第2項、旧会社更生法第162条第2項本文参照)が、「当期及び次期」の賃料債務の本来の弁済期が、債権届出期間満了後に到来することになる場合において、それらの債務を受働債権として相殺ができるかは、更生債権者等がそれらの債務について、期限の利益を放棄し、又は条件不成就の利益ないし機会等を放棄することができるか否かにかかっているところ、現行法上、期限付債務については期限の利益を放棄しての相殺が可能であると解されているが、これに対し、条件付債務や将来の請求権に関する債務については、破産法第99条後段がこれらに言及していながら、会社更生法第48条第1項後段及び民事再生法第92条第1項後段はこれらに言及していないことから、更生手続及び再生手続においてはそのような相殺が可能かどうか自体について見解の相違がある。また、賃料債務の法的性質についても見解は必ずしも確立していない。そのため、上記のように、当初の弁済期が債権届出期間満了の後に到来する場合(例えば、年払かつ後払の場合で、当期の貸料の弁済期は、個々、債権届出期間の満了の後になるというとき、又は年払かつ前払の場合で、次期の賃料の弁済期は債権届出期間の満了の後になるというときなどが考えられる。)、賃料債務は期限付債務であるとして期限の利益を放棄して当期及び次期の賃料債務について相殺ができるのが(したがって、年払の場合で、当期及び時期の賃料債務の弁済期が手続開始時に未到来であれば、2年分の賃料について相殺ができることになる。)、それとも、賃料債務は条件付債務又は将来の請求様に関する債務であり、しかし、条件付債務等であっても条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺はできるので、やはり、当期及び次期の賃料債務について相殺ができるのか、あるいは、そうではなく、条件付債務等である以上その
ような放棄をしての相殺はできないのか。現行法の規律は必ずしも明らかではないことに
なる。しかし、旧会社更生法の立法時には、賃料債務は期限付債務であると考えられていたとの指摘があり、また、旧会社更生法第162条第2項の規定の趣旨としても、一般に「弁済期末到来の賃料等又は将来の賃料等につき、期限の利益を放棄し、又は前払することにして相殺を許すとなると、その額は多額になることが予想される。したがって、このような相殺を無制限に認めると、更生債権者又は更生担保権者は全額につき完全な満足を受けたのと同じ結果になって他の債権者との平等を害し、かつ、会社はその財産を使用せしめた対価を受けられない結果になる。そこで、開始後の会社財産の使用の対価は現実に会社財産の中に入ってくるようにするため、この場合の相殺につき前述のような制限を設けたのである。」と説明されている。したがって、現行法の規律は、賃料債務については、それが期限付債務であっても、一般の場合と異なり、期限の利益を放棄しての無制限な相殺は 認めないとの趣旨に出るものであると理解される。そこで、<1>では、このことを明確にす るために、「当期及び次期」による範囲の画定ではなく、更生債権等の届出期間の満了後に 当初の弁済期が到来することになる賃料債務については、これを受働債権として相殺する ことができないという形で、受働債権となる賃料債務の範囲を画することとしている、なお、賃料債務が、倒産処理手続法にいう期限付債務と性質決定されるか、それとも、条件付債務あるいは将来の請求権に関する債務と性質決定されるかは、賃貸借契約の内容に依拠するところがあって、一律に賃料債務がいずれにあたるかの性質決定をすることはできないと考えられ、相殺の規津としては、賃料債務の性質がいずれであれ、相殺が制約されることを明らかにすることになるものと考えられる。

(3)現行法の「当期及び次期」による範囲画定を<1>のような形での範囲画定に代えるときは、受働債権となる賃料債務の範囲を現行法よりも拡大する結果をもたらす場合がある。例えば、賃料が月払であって、債権届出期間の満了が手続開始決定後4か月という場合には、(厳密には賃料債務の支払時期の定めにより左右されるが、)現行法であれば、2か月分の賃料債務についてのみ相殺ができるのに対し、<1>によれば3か月ないし4か月分の賃料債務について相殺が可能となる。しかし、旧会社更生法第162条第2頃についての上記の説明にうかがわれるように、問題視されるべきは、期限の利益の放棄等によって、本来は、債権届出期間満了後に弁済期が到来(し、相殺適状に逹)する賃料債務について、債権届出期間満了前に相殺適状を作出して、相殺する行為である。そうだとすれば、この部分さえ制約すればよいのではないかと考えられる。そこで、<1>では、現行法と異なり、「当期及び次期」による一層の制約を設けることとはしていない。現行法が、「当期及び次期」によって受働債権となる賃料債務の範囲を画していることに対しては、この場合の「当期及び次期」は契約上の賃料支払の定め方(例えば、年払、月払等)により決まると解されており、この結果、相殺の認められる範囲は契約内容により大きく異なり得るとの問題点が指摘されている。それは、契約という当事者の従前の選択・決定の反映ではあるものの、同様の立場にある賃借人たる再生債権者又は更生債権者等の間の公平及び再生債務者又は更生会社の財産的基盤の確保の点からは、契約内容に左右されず一律にこの範囲を画するべきであるとの指摘もある。現行法の「当期及び次期」による画定ほどではないものの、<1>にも同様の問題がある(例えば、年払でその約定の弁済期が債権届出期間内に到来するときは1年分の賃料について相殺が可能となるが、月払のときは債権届出期間内に約定の弁済期が到来する数か月分の賃料について相殺が可能となる。)、そこで、賃料の支払に関する契約上の合意内容にかかわらず、受働債権となる相殺の範囲を一律に画することが考えられる。そのような画し方としては、例えば(a)手続開始後債権届出期間満了までの間に相当する分とする、(b)手続開始後「Oか月分」(例えば、2か月分)とする、等があることが指摘されている。なお、債権届出期間は、手続開始の決定の日から4月以下とされているから(民事再生規則第18条第1号、会社更生規則第19条第1号)、(a)の考え方をとったとしても、それは最大4か月分ということになり、(b)について2か月程度とする限りは、(a)と(b)とでは実際上はあまり差は生じないと考えら
れる。このように、一定の期間の幅によって、相殺可能な範囲を画するとする場合 単に、賃料債務について「一周の制約」を課すのではなく、むしろ賃料債務について「一定の調整」を図ることを、その趣旨とすることが考えられる。すなわち、その一定の期間((b)の場合にはさらに債権届出期間)内に賃料債務が発生しない、又は弁済期が到来しない場合の取扱いに関し、相殺一般について、条件付債務や将来の請求権に関する債務について条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することが認められるならば、賃料債務の性質がどうあれ、賃借人はこの「一定の期間」の賃料債務について相殺の対象とすることが可能である。これに対し、条件付債務や将来の請求権に関する債務について条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することは認められないとすれば、期限付債務と性質決定されない限り、上記の場合には、賃借人は賃料債務について相殺ができないことになる。「一定の期間」により相殺範囲を画することが、純粋に、賃料債務について一層の制限を課すという趣旨に出るときは、このような場合に相殺が認められないとすることで問題はないことになるが、これに対し、「一定の期間」による相殺範囲の画定が、賃料債務を受働債権とする相殺についての「調整」であり、その範囲では相殺を認めるとの趣旨に出るとすれば、このような場合には、相殺一般の取扱いと異なるとしても、賃料債務については相殺を認める(その場合、爾後の手続の進行上、相殺により決済するかどうかは債権届出期間満了までに明らかにされる必要があるので、相殺の意思表示は債権届出期間満了までにされることを要し、したがって、相殺を可能とするために条件付債務や将来の請求権に関する債務について(自動的に)条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することをこの範囲で認める)こととなる。

(4)敷金返還清求権については、一方で、それが貸借契約関係から生ずる一切の賃借人の賃貸人に対する債務の担保であり、残額があれば返還されるべき性質であること、及び目的物返還時に賃料等の債務があるときは敷金は当然に充当され、賃料債務との間には相殺期待以上の強い結びつきがあることから、その保護の必要性が高いことが指摘されている。これに対し、他方で、敷金返還請求権に現行法における以上の保護を与えることについては、現在、可能となっている事業等の再建を不可能にする事案も少なからず生じ得るとの懸念も示されており、また、実体法上特別の優先的地位が認められていない以上、倒産処理手続においては、金銭返還請求権の一種と扱われることもやむを得ないとの指摘もある。これらの指摘を勘案すると、敷金返還請求権について一定の配慮を示すべきではないかと考えられるものの、その実現は、現行法の限りで図ることが、現時点においては、適切ではないかとも考えられる。そこで、本文(イ<1>)では、敷金がある場合の取扱いについても、現行法の規律を維持する考え方を示している。なお、この場合にも、当然、相殺の意思表示は、債権届出期間満了までにしなければならない。 現行法の規律に関しては、敷金がある場合の受働債権の範囲の拡張の範囲について、(a)「当期及び次期」分に敷金相当額が上乗せとなるのか、それとも総計で敷金相当額となるのか、(b)その場合の敷金相当額は差入敷金額なのか、それとも敷金返還請求権の評価額なのかの2点において不明な点があることが指摘されている、いずれの点に関しても両論があり得るが、(a)については、現行法の規律が「当期及び次期」の分までは当然に相殺が認められるところ、敷金がある場合には、その分、特別に範囲を拡大する趣旨であると解されるとすれば、敷金の額に相当する範囲での「上乗せ」と解するのが、より素直な理解ではないかと考えられる。また、この規律を`敷金返還請求権の確保に配慮したものと解し、間接的とはいえ敷金保護の意味をそこに盛り込むとすれば、その敷金返還請求権に相当する額の範囲で、「上乗せ」しての保護を図る趣旨と理解するのが、より規律の趣旨にかなうものと考えられる。そこで、<1>では、この点を明らかにしている。また、(b)については、敷金返還請求権の保護という観点からはもとより、別の自働債権の相殺期待の保護の拡張という観点からも、敷金がある場合に拡張される事情は、本来返還されるべき敷金が財団中に存在し、それにより財団が利益を受けていることにあると考えるなら、敷金返還請求権の評価額を基準とすることになると考えられる、この点は、<1>では、 「敷金の額に相当する額」の解釈に委ねることとなるが、敷金返還請求権の評価額として明示することも考えられる。

4 敷金について現行法以上に特段の手当てを図る考え方 [<2>]
現行法の敷金に関する規律に対しては、現行法の方法では、敷金返還請求権とは別に、債権届出期間満了前に弁済期の到来した債権を有していた賃借人のみが保護を受け、そのような保護のあり方は、敷金返還請求権の保護として間接的であり、偶然的であって、適正な保護のあり方ではなく、賃借人間の平等一公平を害するとの批判がある。本文に[]で示した<2>は、この批判を踏まえ、かつ、敷金返還請求権全額の保護を図ることについての上記の問題点を考慮して、相殺に供し得る受働債権の範囲として一般に認められる賃料債務(<1>の反面として示される、債権届出期間満了までに弁済期の到来すべき賃料債務)の枠を、他に自働債権を有しない賃借人(又は敷金の額に満たない額の自働債権を有する賃借人)が、敷金返還請求権の確保に用いることができるようにするため、上記の範囲の賃料債務について、現実に弁済をするときは(したがって、相殺に供した分は除かれる。)その弁済額を限度として、敷金返還請求権を共益債権とするものである。弁済の時期については、更生債権等の範囲の画定の必要上、相殺の場合と同様に、債権届出期間満了までにされる必要があるのは当然である。<2>では、さらに、当該資料債務の弁済期(まで)に、その弁済がされることを要求している。共益債権化による敷金返還請求権の保護は、いわば特別の保護であり、遅滞なく弁済期に弁済をした場合のみがそのような特別の保護に値すると考えるものである。このような敷金返還請求権に関する取扱いを基礎付ける理由としては、(a)現行法(及び<1>ただし書)の受働債権の範囲の拡張は、別途自働債権を有する者の相殺の保護というより、むしろ敷金返還請求権の保護に配慮したものであると解することが可能であること、(b)再建型手続においては停止条件付債権を自働債権とする相殺についての配慮は一般にはされないものの、敷金返還請求権の法的性質から賃料債務との間では相殺以上に強い結びつきが認められ、「相殺以上の強い結びつき」については、保護を図ることも考えられること、(c)再建型手続の場合には、破産の場面ほど資力不安はなく、また、再建型手続においては、手元流動性の確保が重要であるという事情からは、寄託を求めるまでの必要はなく、また、適切でもないこと等をあげることができる。しかし、現行法の規律の目的が敷金返還請求権の保護にあると言いきれるかには疑問もあるうえ、このような共益債権化は、本来的な共益債権性ゆえではなく、寄託請求の転化としての便宜的な共益債権化であり、しかも、破産手続の場合と異なり、敷金返還請求権に限っての取扱いとなる。このように共益債権を敷金返還請求権に限って認めることには理論的な障害があるのではないか、また、このような取扱いによって実際上の問題が生じることはないかも懸念される。

5 相殺一般の規律を含めて整序する考え方
(1) 上記(3(2))のとおり、現行の更生手続及び再生手続においては、相殺の一般的な規律自体が明確ではなく、そのために、受働債権となる賃料債務の範囲についても、複数の可能性が生じている。この点を解決するには、受働債権となる賃料債務の範囲のみについて手当でをするのではなく、むしろ、相殺の一般的な規律自体について整序を図ることが考えられる。

(2)前述のとおり、相殺の一般的な規律に関しては債務が条件付である場合又は将来の請求権に関するものである場合に、 破産法上は認められると解されている-条件不成就の利益ないし機会等を放棄して相殺することが、更生手続及び再生手続において、認められるのかが問題となる。この点は、そもそも民法上そのような相殺が可能かという問題に関する考え方ともあいまって、次のとおり、複数の見解がある。すなわち、(a)条件付債務等の相殺は破産法において特別に認められたものであり、民事再生法及び会社更生法が、期限付債務についてのみ規定しているのは、そのような特別の相殺を再生手続及び更生手続においては認めないという趣旨であり、したがって、再生手続及び更生手続においては、条件付債務及び将来の請求権に関する債務について、条件不成就等の利益ないし機会等を放棄して相殺することはできないとの理解、(b)条件付債務等の相殺は破産法において特別に認められたものであるとしても、同じ倒産処理手続においては、同様に認められるべきものであり(相殺は破産と基本的に同じとするというのが、旧会社更生法に関する法制審議会の答申であったとの指摘もある。)、民事再生法及び会社更生法が、期限付債務についてのみ規定したのは、自働債権についての扱いに引きずられたものにすぎないとの理解、(c)条件付債務等の相殺は、民法上も可能であり、特別の規定の必要はなく、破産法と民事再生法及び会社更生法との間の規定の違いは、自働債権との対応に由来するものであるとの理解である。この点については、現行法(民事再生法第92条第1項及び会社更生法第48条第1頃)の基礎となった旧会社更生法(第162条第1項)の相殺の一般的なルールについての立法趣旨は必ずしも明らかではないものの、再建型手続においては、広範に相殺を認めることが事業等の再建の支障になりかねない等の考慮から、破産手続に比し、相殺に相当の制約が設けられている中で、条件付債務や将来の請求権に関する債務のように、その発生が不確実な債務についても広く相殺を認めることは、更生債権者等の選択により、その一方的意思表示によって、当該債務の不発生の利益を放棄して、当該債務について実価の減少した更生債権等の「対当額」で(代物)弁済をするのを認めるのと同様の結果をもたらすことになって、財産的基盤の確保等上記の再建型手続における相殺についての一般的な考え方からは、適切ではなく、破産法第99条後段と異なり、再生手続及び更生手続においては、条件付債務及び将来の請求権に関する債務についての言及がされていないのは、そのような趣旨と解するのが適切ではないかと考えられる。

(3)また、現行法の期限付債務の規律(民事再生法第92条第1項後段、会社更生法第48条第1項後段)に関しては、(a)期限の利益を放棄して相殺するという民法上認められる相殺が可能であることを確認したものである(純粋な確認のほか、粂件付債務及び将来の請求権に関する債務について、破産法とは異なる扱いを示す意味があるとするものもある。)、(b)期限の利益を放棄する必要がなく、当然に相殺が可能であることを認めたものであるとの、ニ様の理解がある。しかし、期限付債務についても相殺の意思表示は必要であり、その場合に、期限の利益を放棄する旨を示すことを省略できることにさして意味はないのではないか(また、期限付債務について相殺の意思表示をする場合には、期限の利益を放棄する意思表示は黙示に示されていると解することもできよう。)と考えられ、また、前記の再建型手続における相殺に関する一般的な姿勢からすると、この場面で相殺を民法における以上に拡張する理由に乏しいと考えられる。そうであるならば、むしろ、この規定は、(a)の確認規定であり、条件付債務や将来の請求権に関する債務との対比で、その内容を明らかにするものとして、整理するのが適切ではないかと考えられる。

(4)上記(2)(3)を踏まえて相殺についての一般的なルールの内容を明らかにしたうえで、賃料債務を受働債権とする相殺の範囲を画することとするならば、そのルールは次のようになるものと考えられる。すなわち、まず、相殺は、債権届出期間満了までに相殺適状が生じたものに限り認められるとの現行法の一般的な規律を示し(下記<1>)、次に、期限付債務については、期限の利益を放棄して相殺することが妨げられないこと、条件付債務及び将来の請求権に関する債務については、条件不成就の利益ないし機会を放棄して相殺することは認められないこと(停止条件付債務の場合には条件が債権届出期間の満了までに成就したときに限り相殺できること等)を明らかにし(下記<2>及び<3>、そのうえで、賃料債務については、たとえ、それが期限付債務であとしても、期限の利益を放棄して相殺することができないとし、ただし、敷金があるときは、その敷金の額を上限として、期限の利益を放棄しての相殺が認められるものとする(下記<4>。範囲に関する問題については、上記3(4)参照)。これにより、賃料債務の場合には、それが条件付債務又は将来の請求権に関する債務であるとされるときは、相殺の一般的なルール(下記<3>)によって、それが期限付債務であるとされるときは、貸料債務に関する特別のルール(下記<4>本文)によって、それぞれ、債権届出期間満了後に弁済期の到来すべき債務については、相殺の対象とすることができない(敷金がある場合を除く。)旨が示されることになる。( 相殺一般の規律を含めて整序するとの考え方をとる場合の規定のイメージ)

<1> 更生債権者等が更生手続開始当時更生会社に対して債務を負担する場合において、債権及び債務の双方が第138条第1項に規定する債権届出期間の満了前に相殺に適するようになったときは、更生債権者等は、当該債権届出期間内に限り、更生計画の定めるところによらないで、相殺をすることができるものとする。

<2> <1>は、更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が期限付であって、<1>の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき(することとなる)場合において、更生債権者等が、<1>の債権届出期間の満了前に、期限の利益を放棄して相殺することを妨げないものとする。

<3> <1>に規定する場合において、更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が、停止条件付であるときは、更生債権者等は、<1>の債権届出期間の満了前に、当該条件が成就した場合に限り、<1>の規定による相殺をすることができるものとする、債務が将来の請求権に関するものであるときも、同様とするものとする。

<4> <2>にかかわらず、更生債権者等が更生会社に対して負担する債務が賃料債務であるときは、更生債権者等は、<1>の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき[することとなる]賃料債務について、期限の利益を放棄して相殺することができないものとする。ただし、敷金があるときは、<1>の債権届出期間の満了後にその弁済期が到来すべき [することとなる]賃料債務についても、敷金の額に相当する額に限り、期限の利益を放棄して<1>により相殺をすることができるものとする。

6 上記(3から5まで)を踏まえ、再生手続及び更生手続における賃料債務を受働債権とする相殺の規律について、どのように考えるべきか。

目次

○トップページ

■第一次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第二次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■第三次案

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法

第4部 その他

■残された課題

第1部 破産手続

第2部 個人の破産手続の特則及び免責手続等

第3部 倒産実体法